南仏旅行

2013年12月30日 (月)

南仏旅行6日目

本日は朝早くに起床し、アルルからバスでニースに戻り、ニースから国内線に乗りパリのシャルルドゴール空港に飛び、国際線に乗り継いで日本に帰国する日。日本到着は12月31日の午前中。

116_3アルルからわざわざニースに戻らなくても、マルセイユの空港発の飛行機を手配してくれれば楽なのにと思いつつ、アルルから途中朝食休憩を入れて約3時間程度でニースの空港に到着。

そしてニースの空港で搭乗手続きをしようと思ったら・・・

なんとみんなの搭乗券が発券できないではないの\(◎o◎)/!
えー、行きに引き続き帰りもまたトラブル発生ですか??

結局、搭乗手続きのカウンターで2時間近くすったもんだしたあげく、ギリギリ予定の国内線に乗り込むことができたからよかったけれど、ホント、予定の便に乗れないかも?という危うい状況だった(-"-)。
トラブル発生の原因は、行きに予定の飛行機に乗れなかった私達のコンピューター処理をエールフランスがちゃんとしていなかったために、コンピューターでの発券できなかったとの事。

で、行きと同様今回も相変わらず仕事の遅いエールフランス職員(-"-)。あーだこーだ急ぐでもなくコンピューター画面とにらめっこをして、出発時刻間際になってやっとトラブルが解消したという・・・(-_-)。予約は入っているんだからコンピューターで発券できないなら手書きの搭乗券でも作成しろっつーの(-"-)。マジ、出発までに解決できなかったらまた空港に足止め食らって帰国が伸びるところだったんだからね(-"-)。ホント融通がきかないんだから(-"-)。

今後いっさいエールフランスは信用しないぞ!!

ちなみに現地ガイドのニース在住日本人マダムの話によると、フランス人は2つの事をいっぺんにできないんだそうな。トラブル処理をしている最中にさらに文句を言うと、そのまま20分はフリーズして余計処理が遅れるそうな。こういう場合はおだてながら黙って待つに限るんだそうな。面倒くさい人種だな、もー。
っていうか世の中、日本人のような考えを持つ人種の方が珍しいんだろうか??

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そんな騒動で結局ニースの空港内のお店は全く見る時間が無かった。
ただ飛行機に乗ってから窓の外に今日は雪山がくっきりと見えた♪この雪山、ニースの市内からも見えるんだよね。ニースから雪山が見えるって予想外だったんだけれど、この雪山はアルプス山脈の端っこらしい。という事で、ニースからパリに向かう機内でも、アルプス山脈がきれいに見えた(^^)。

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2013年12月29日 (日)

南仏旅行5日目

アルルからバスで1時間の距離、ローマ時代の水道橋ポン・デュ・ガールへ。
友人は学生時代に世界史の教科書でこのポン・デュ・ガールの写真を見て以後、ずっとここに来るのが夢だったらしい。

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94ちなみに私はエジプトのピラミッドとベルサイユ宮殿を訪れるのが小学生時代からの夢で、先に実現したのはピラミッド。高校の時にエジプト好きの友人と、「自分でお金を稼ぐようになったら絶対エジプト行こうね!」と約束して、社会人2年目に2人でエジプト行きを実現。そして数年後に初のヨーロッパ旅行に出かけた際、1日あった貴重なフリータイムにベルばら好きの友人と2人でベルサイユ宮殿の訪問を実現し、ホントに夢ってかなうんだ\(^o^)/って思ったものだけれど。。。

95これまでもあちこち旅行に行っている友人にしてみれば、来ようと思えばここに来る機会はいくらでもあっただろうに、かなり年月を経てからの夢の実現で感激ひとしお?その同行者が南仏にほとんど興味のない私ですいませんって感じかな。だって感激を共有できないもんね(^^;)。

とはいえガルドン川にかかる全長約50kmのポン・デュ・ガール。
ユゼムからニースへ水を運ぶために紀元前19年ごろに架けられ、この橋の斜度は1kmあたり25cm程度だとか。紀元前にそんな緻密な傾斜を測定しながら石造りの橋をつくるというのもすごい技術だし、紀元前に作った橋がこうして現在も形をとどめて建っているのをみると、やっぱりローマの建築技術って素晴らしいなと改めて思った。

97さて今回お初の体験は、かつて水が流れていた水道橋の中を渡って見学する事。以前は誰でもこの水道橋の中を渡れたようだけれど、世界遺産に登録後は予約しないと水道橋の中には入れてくれないらしいのだ。なので水道橋の入口には重々しく鍵がかけられ、入る場合は説明のガイドさん付き。

111そんな手続きが必要なので、別にいらないんだけれど(^^;)、ポン・デュ・ガールを渡ったという証明書までくれた。これもらってもどうしろっていう感じなんだけどね(^^;)。

水道橋の中はというと、今は明り取りのために要所要所の天井の石組をはずしているけれど、当時は汚染防止のために水道橋は全部石組で囲われていたらしい。ちゃんとそういった事も考慮して作ってあるのよね。

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108次に訪れたのはポン・デュ・ガールから3時間の距離にあるカルカッソンヌ。古代ローマ時代から発達した城壁都市シテは、ヨーロッパ最大規模の城壁が残るとかで、「カルカッソンヌを見ずして死ぬな」とも言われている地らしい。日本人にはそんなになじみのない地域だと思うけれど、西洋人観光客には人気なのか、観光客がたくさん訪れていた。地理的に近いしスペイン人とかが多いのかな?

城壁の中は2時間もあれば十分見て回れる広さで、まずはカルカッソンヌの城壁内のレストランで昼食を食べ、その後、フリータイム。

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中世になるとカルカッソンヌのあるラングドック地方では、カタリ派と呼ばれる異端が盛んになってくる。異端には厳しい中世。そこで起きたのがフランス国内で行われた十字軍遠征。
北フランスの諸侯を中心に結成されたアルビジュア十字軍が13世紀初頭、このカルカッソンヌにも攻め入り、15日間で陥落したそうな。

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107_2お城の外観は童話に出てくるお城のようにとってもかわいいお城なんだけれど、十字軍がからんでくると拷問とかね、結構おどろおどろしい話がわんさかあるわけで、今回は入らなかったけれど拷問部屋の展示館とかいくつか見かけた。
109以前十字軍が深く関係するマルタ島を訪れた時には拷問部屋の展示館にも入ったけれど、ゾッっとするような展示物が並べられていて、結して見て楽しいもんじゃないのだ(-.-)。

そんな中世のおどろおどろしさと反比例するように、カルカッソンヌの城壁内は今では完璧観光地化していて、モンサンミッシェルみたいな雰囲気かな。

カルカッソンヌのお城からの眺めは良好。上から見るとよくわかるけれど、このお城は二重の城壁に囲まれているんだよね。

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カルカッソンヌからアルルに舞い戻り、今日はホテルでフランス最後の夕食。今日の夕食は結構私好みの味付けでおいしかった(^^)/

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2013年12月28日 (土)

南仏旅行4日目

ニースのホテルの部屋から見た朝焼け。昨日は晴天だったけれど、これから天気が崩れるという予報。本日はニースからアルルへと移動する私達。

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ニースを出発し2時間半弱、途中エクス・アン・プロヴァンスに立ち寄る。ここはセザンヌの故郷らしい。バスの中で添乗員がず~っとエクス・アン・プロヴァンスやセザンヌの説明をしていたのに何も覚えちゃいない私(^^;)。セザンヌがここでエミール・ゾラだったかな?と同級生で仲良かったとかそんな話をしていたような気もするけれど、不確か(^^;)。

73エクス・アン・プロヴァンスに到着してバスを降りた頃に、残念ながら雨が降りだした~。ミラボー通りのクリスマスマーケトや市場などなど、雨の中の散策はちょっと辛い・・・っていうか傘が邪魔(-"-)。地元民なのか観光客なのかわからないけれど、結構人出はあったんだけれどね。

マーケットで売られているのは野菜に果物に魚介類にお花にお土産関係にまあいろいろ。クリスマスグッズはあまり目にしなかったかな。目新しいものは大してないけれど、エクス・アン・プロヴァンスは南仏の田舎町の中ではかなり賑わっている街なんじゃないだろうか。

この辺りミモザも有名だけれど、時期的にちょっと早いので見れないだろうなと思っていたら、マーケットで売られているのを発見(^^)。

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79_2エクス・アン・プロヴァンスを後に、次は中世の面影を残すアヴニョンに立ち寄る。アヴニョンの旧市街に入る前に、ローヌ川沿い、アヴニョンの城壁やアヴィニョンの橋が眺められレストランで昼食。アヴィニョンの橋は童謡「アヴィニョンの橋の上で」で有名な橋なんだけれど、この歌どんな歌だっけ??って感じで(^^;)、家に帰ってYouTubuで探して聞いてみた。やっぱりこの歌、みんな知っている歌だった。

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昼食後、アヴニョン歴史地区へ。
アヴニョンといえば思い出すのが世界史で習った「アヴィニョン捕囚」。1309年にフランス人であるクレメンス5世は、アヴィニョンに居城をおいて教皇庁のローマからの移転を宣言し、以後1377年までの7代に渡りローマ教皇庁として繁栄したアヴィニョン。現在は世界遺産として登録されている。

フリータイムを活用してお城の中に入りたかったんだけれど、入場チケット買うのに人も並んでいたし時間的に無理って事で(フランス人は仕事が遅いから)、お城の見晴台まで急ぎ足で登ってみる。う~ん、晴れていたらきっといい眺めなんだろうなって事で終了。

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82次に立ち寄ったのはゴッホが描いた風景の残る跳ね橋、カフェヴァンゴッホ。
この橋、どこかの駅前にあって、ゴッホゆかりの場所でなければ見向きもされないようなただの橋で、ゴッホに何も興味が無い私は、何でこんな場所にわざわざ立ち寄らなきゃいけないんだ?と思ってしまった(^^;)。でもせっかく来たので一応写真は撮ったけどね。

 

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そしてアルルに到着したのは16時頃。日暮れの早いこの時期、暗くなる前に急いでアルルの旧市街を観光だ。観光といってもとっても小さな街なので、添乗員がざっと簡単に街中を案内した後はフリータイム。

87アルルには古代ローマの遺跡である円形闘技場とローマ遺跡があり、アルルもまた世界遺産の一つ。
円形闘技場は思ったより立派なものが残っていた。でも~、中に入ってみようと思ったら、既に受付終了で入れなった(-"-)。公園になっているローマ遺跡にも入れなった(-"-)。
残念。

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88_2街の中心の広場にはオベリスクも建っている。ついでにこの時期はクリスマスツリーも飾られている。

アルルで宿泊するホテルはベストウエスタンアトリウム。このホテル、部屋が狭い!でも旧市街入口のすぐ前に位置するので街の中心地に出るのはとっても楽。中心地といっても田舎なのでそんなに栄えているわけじゃないんだけどね。で、アルルの治安はというと、そこまで治安が悪いわけではないけれど、なんだかガラ悪くない?といった印象。暗くなってから女二人で歩いているとちょっと怖い感じだったもんね。

夜はアルルの旧市街のレストランで。

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2013年12月27日 (金)

南仏旅行3日目

本日はまずニースの観光。
観光といっても別段ニースでこれといって見るものはないかも。ニースはやっぱり夏のバカンス地って感じだから、地中海で泳いでこそって気がするんだよね。という事で既にほとんど記憶から消し飛んでいるニース・・・記憶から無くなるの早すぎ(^^;)。

とりあえずこちらはニースの朝市。プロバンス地方はラベンダーも採れるようで、北海道のようにラベンダーグッズもたくさん売られていた。

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37こちらはニースの海岸沿いで写生をされている方。
今回フリータイムが無くなっちゃったんで行く機会を逸したけれど、ニースにはシャガール美術館とかがあるのだ。それにプロバンスやコートダジュール近辺にはルノワールとかゴッホとか有名画家のゆかりの場所がいくつかあるみたいで、絵画好きの人にはいいのかも。私は興味の範疇外なのでよく知らないけどさ(^^;)。

そしてこちらはニースの海岸。一昨日の暴風雨でニースの海岸も散々荒れたらしく、朝から係の人達が漂流物の撤去やらで海岸沿いを清掃中。
今日は南仏の太陽が眩しい。

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39ニース観光を終え、次に訪れたのはニースからバスで1時間程度の距離にあるカンヌ。
カンヌもね、今の時期これといって見どころがない(^^;)。カンヌ映画祭の時に訪れればまた別なんだろうけれど、俳優のいない街はただの街って感じかな。赤い絨毯の階段、こういう場所の何カ所かで映画祭は開催されている模様。

43今日の昼食はカンヌの街のレストランで。フランスなので、昼間っからワイン飲みます。
ちょうど近くで骨董市なども開かれていたのでちょっとばかり散策。お皿とかスプーンとかがやたらセットで売られているけれど、結構高い値段が付いている。こんなもの買う人いるのかな?


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こちらはカンヌの街並み。

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50カンヌ観光を終え、次はカンヌからバスで1時間弱、世界で2番目に小さな国、モナコへ。

モナコで私は「アンドレア王子のプロマイドを探す!」という、今回の旅行唯一の目的があるのだ(笑)。
アンドレア王子とはモナコ公妃だったグレース・ケリーの孫で正真正銘の超イケメン王子様(現在も王位継承権があるのかは知らないけれど)。
10012235695既に結婚してお子ちゃまもいるようだけれどね。ちなみにアンドレア王子のお顔はこちら→
特に少年~青年時代が超絶美形だったアンドレア王子。

そんな不純な目的を持ちつつモナコ大公宮殿へ。でもお土産屋さんをのぞいてもアンドレア王子のプロマイドなんて置いていなかった(^^;)。売れると思うんだけどな。

モナコ大公宮殿は風光明媚な高台に建っている。モナコ公国そのものが斜面にあるって感じかな。ちらっとしか見た事はないけれど、F1のモナコグランプリって崖沿いを走っているっていうイメージだもんね。

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56こちらはグレース・ケリーが眠るモナコ大聖堂。歴代の大公様もここに眠っている。

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ハリウッド女優だったグレース・ケリーがモナコ公国のレーニエ大公(レーニエ3世)と結婚したのは1956年。この結婚はモナコに観光客を集めるための話題作りだったとも言われているけれど、公務も積極的に務めていたグレース・ケリー。自ら運転中、急カーブを曲がり切れずに崖から滑り落ち、1982年に死亡した。事故の真相は不明。享年52歳。

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添乗員は後継ぎが生まれないとモナコ公国はフランスに返還されると言っていたけれど、ウィキペディア読むと、レーニエ3世死去後、後継ぎがいなくても公国が将来も存続する事が保障されたらしいね(ただしモナコ公国の防衛はフランス軍が行うとか)。

モナコを後に鷲ノ巣村エズに。
鷲ノ巣村というのは外敵の攻撃を逃れるため、相手から見えない急斜面の岩山の上に作られた集落で、南仏にはこんな集落がたくさんあるらしい。
村の中はこんな感じに石畳の細い坂道が続いている。
岩山の上に建つので眺めは良好♪

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6869_2エズからニースに舞い戻り夕食。
今日の夕食はフリーなので、適当にニース市内のイタリア料理のお店に。ニースはイタリアからも近いので、イタリア料理はメジャーなのだ。
しかしすっごい量(@_@)。ピザに生ハムがぎっちり敷き詰められている光景見ただけでもうお腹いっぱい。全部はとてもじゃないけど食べられませ~ん。でもおいしかった。特にカルパッチョ♪

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2013年12月26日 (木)

南仏旅行2日目

5今日は12時にホテルロビー集合。
といっても泊まっているホテルはシャルルドゴール空港近くのトランジットホテル。パリに出るにも不便な場所なので、実質周囲にこれといって何もないホテルで12時まで過ごすしかない。とりあえずゆっくり朝食を食べて、予定外のパリ2時間半のフリータイムの過ごし方を検討して午前中は終了。

ホテルからパリへはツアー会社が急遽手配したバスで向かう。10時出発でバスを手配してくれればパリで多少なりともゆっくりできたのに、12時なんてホント遅い出発(-"-)。特に旅行中はタイムイズマネー!の貴重な時間なのに、こんな過ごし方でもったいないったらありゃ~しない(-"-)。
ホテルから所要時間40~50分程度でパリオペラ座に到着し、そこでいったん解散し、その後は2時間半のフリータイム。

私達はそこから地下鉄で、シテ島にあるコンシェルジェリー牢獄に行くことに。

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コンシェルジェリー牢獄はマリー・アントワネットが最後の時を過ごした牢獄。
ここ結構気に入っている私は実は今回で3度目の訪問(^^;)。パリなら他にもいろいろ再訪したい場所はあるのだけれど、時間的にあまり遠くには行けないので、今回はこの辺りが限度だったんだよね。ここなら並ばないでも入れるだろうし。

このマリー・アントワネット↓
単にミュージアムショップ前に置かれている宣伝用?の旗なんだけどね、まるで実物映した写真のように見えるので毎回足を止めてじっと見ちゃう。ハプスブルク家特有の受け口のマリー・アントワネットがリアル感あって実物っぽく見えるのよね。

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コンシェルジェリー牢獄の入り口入ってすぐの憲兵の間で、今日はフランス革命とは全く関係ない、コンセプト不明の不気味なアート展が開かれていた。う~ん、昔の雰囲気がそのまま残されているようなゴシック調のこの広い空間がコンシェルジェリーの中で私は一番好きなのに、余分なものが展示されていてかなり邪魔~(-"-)。しかしいったい何のアート展だったんだろ??

って事でアトー展はチラ見して従来の展示場へ。

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こちら、マリー・アントワネット記念礼拝堂。この礼拝堂は1815年にマリー・アントワネットの牢屋跡に建てられたものだ。部屋の外はこんな感じの中庭。当時、この場所から処刑者が荷輪荷車で処刑台へ連れて行かれたとか。左手の窓の中がマリー・アントワネットの独房。


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現在マネキン人形が置かれているマリー・アントワネットの独房は復元されたもの。でもこの場所の一部分は実際に独房として使われていたらしいから、礼拝堂の隣って事で壁側の一部が実際の独房の場所って事だろうか?方向音痴なので礼拝堂の位置がよくわからない(^^;)。展示品はマリー・アントワネットが使用していた水差しとか、マリー・アントワネット最後の肖像画。この肖像画、ランビネ美術館にあったものの縮小版かな。これもオリジナル?

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コンシェルジェリー牢獄を後にオペラ座に舞い戻る。その前にポンヌフ駅までちょっとばかりセーヌ川沿いを散策。今日は冬にしては暖かいパリ。晴天なので気持ちがいい♪冬でもセーヌ川クルーズやってるんだね。

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18時30分、オルリー空港を飛び立ち、20時にニース空港へ到着。
やっとニースに到着した~!!と思ったら・・・ツアーの何人かのスーツケースがまだ空港に届いていないというまたまたのハプニング発生。昨日の欠航便のゴタゴタのせいだとは思うけれど、今回はホントハプニング続きだな(-.-)。幸い私と友人のスーツケースは届いていたから良かったけれど、紛失手続きでニース空港でまたムダの時間を費やす(-.-)。

ニースのホテルはエリントンホテル。別にどうという事はないホテルだった。
夜のニース市内をちょっとばかり散策しがてら、今日の夕飯のバーレストランへ。欧州はクリスマスが過ぎても年末ぐらいまではクリスマスモードなんだけれど、ニースのクリスマス飾りは大人しめ。人出もそんなに多くない気がする。やっぱり冬はオフシーズンのニース。

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夕飯はニース風サラダに鳥肉にポテトにデザートはチョコレートムース。ニース風サラダってただのツナサラダのような気がしなくもない(^^;)。
そして飲み物はロゼワイン。プロバンス地方では白や赤よりロゼの生産が多いらしい。でもロゼといっても味的にはほとんど白ワインって感じなんだけどね。

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2013年12月25日 (水)

南仏旅行1日目

12時55分発AF275便でパリに出発。定刻出発にも関わらずパリ到着は予定より30分遅れの17時45分。でも本日はパリ21時50分発のAF7712便に乗り継いでニースに行く予定なので、乗継便までまだまだ時間はたっぷりあると思っていたら・・・

ぬぁんと、私達が乗る予定のニース便に「キャンセル」表示がΣ(・ω・ノ)ノ!
なんで⁈なんで⁈どーゆーこと⁈

後でわかった情報によると、めったいにない暴風雨がニースを直撃してニース市内が冠水し、クリスマスの本日、空港も一日閉鎖されたとのこと。
はぁ~、この時期にそんな理由で飛行機が飛ばないんなんて想定外だった・・・。でもこればかっりは自然現象・・・仕方があるまい・・・。

1しか~し、エールフランス!仕事が遅すぎる!
そこまでの多人数の客が航空券振替手続きをしているとは思えないのに、事情も今後の予定もわからないまま振替手続き終了まで延々4時間近く待たされた(-"-)。まあ今回はツアーだったから手続きは全部添乗員が行うので、私らは空港のベンチでひたすら座って待っているだけなんだけれど、なんてムダな時間を過ごしていた事か(-"-)。どうなるかわからないからむやみにその場を離れるわけにもいかないしねぇ。

2シャルルドゴール空港のベンチで待っている間、空港警備の兵士が行ったり来たり。暇つぶしに眺めていたのだけれど、あら、兵士の人達って結構イケメンじゃない♪女性もいるんだね。

ちなみにフランス人にとってはクリスマスの日に仕事なんてかなり不本意な事らしい。

さて、ひたすら待ったあげく、結局エールフランス側から提供されたのは本日泊まるホテルと、翌日の18時半にオルリー空港からニースに出発する便だった。思った通り明日の夕刻便ね(-"-)。元々朝一の便を手配してくれるとは期待していなかったけれど、これで丸1日あったニースのフリータイムがパーになった事が確定(T_T)。悲しいぃ~(TT)。

ところで、天候不順で飛ばない場合はホテル代は自腹という話も聞くけれど、とりあえず今回はエールフランス持ち。以前キャセイパシフィック航空が天候不順で飛ばなかった時もホテル代は航空会社が出してくれたし、結局のところ、天候不順だろうがこういった場合はホテル代は航空会社持ちっていうのが一般的⁈

空港近くにあるトランジットホテルのメルキュールホテルに入ったのは0時30分。エールフランス側から夕食は提供するって事だったのに、既にレストランは閉まっていて本日の夕食は結局無し(-"-)。そしてツアーなのでフロントのチェックイン手続きにも時間を要し・・・っていうか、フロントの仕事も遅すぎぃ~。今までフランス人がこんなに仕事が遅いなんて思っていなかったんだけれど、今回で認識を改めた・・・部屋に入ったのは1時半近く。

4スーツケースは空港で受け取れなかったので、エールフランスからもらったお泊りグッズ(といってもTシャツと洗顔用品のみ)で今夜はしのぐ事に。まあ乗り継ぎ便利用なので万一の時のために一日分の簡単なお泊りグッズは手荷物に入れていたのでなんとかなったけれどね。シャワーを浴びて寝たのは2時過ぎだったかな。

今日一日、なんだか気分的に疲れた。せっかくの旅行、しかもフランスまで足を運んでいるのに、初っ端から明日も含め、ムダに過ごす時間が多すぎてかなりもったいないんですけど~(-.-)。

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2013年12月24日 (火)

南仏旅行前

明日から7日間の南仏ツアー旅行に。
私的には南仏は全然興味の対象外(^^;)。今年はイスラエルのツアー旅行に一人参加しちゃおっかなって考えていたんだけれど、いつも私のマニアックな場所を巡る旅行に付き合ってくれる友人からのお誘いで、一度は南仏行ってもいっかと予定変更。値段的にも許容範囲内だったしね・・・

と思ったら、申し込む段階で航空会社未定だったこのツアー。燃油サーチャージ料はとりあえず4万円事前徴取されていたのだけれど、航空会社が確定した出発10日前ぐらいに、いきなり1万7千円追加徴取連絡(ノД`)・゜・。。なんなの~、その高額追加代金⁈

だいたい燃油サーチャージ4万で済む航空会社なんて、列記されていた航空会社の中では一番最後に記載されていたトルコ航空しかないわけで、欧州系航空会社はのきなみ5万以上するんだから、空港使用料含めて最初から5.5万もしくは6万事前徴取の価格設定で売り出せよ(-_-メ)と私は思うわけ。一見安く見える価格で集客しといて、後で高額徴取って詐欺まがい行為としか思えない(-"-)。クラブツーリズムめ(-"-)。

私は旅行に行く際、自分の興味の大小と行く場所に応じてこの値段までなら許容範囲と明確な線引きをしているわけで、1万7千円も追加されたら南仏は許容範囲外だよぉ~~~(><)。痛すぎぃ~~~~(><)。

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