フランス旅行

2011年1月 8日 (土)

パリのクリスマスマーケット

12月27日ともなれば、日本人の感覚としては既にクリスマスは終了しているのだけれど、パリではまだクリスマスマーケットが各地で開かれている。なので年末でも十分クリスマス気分が楽しめる。こちらはエッフェル塔のすぐ近く、シャイヨ宮で開かれていたクリスマスマーケット。スケートリンクなんかもあるんだよね~。

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ここのマーケットで私は焼き栗、友人はチョリソみたいな煮込みソーセージを買って、エッフェル塔を眺めながらショイヨ宮の公園のベンチに腰掛け軽めのランチ。焼き栗はもう時期的にちょっと遅いのかな。絶対焼き栗食べよう♪と思っていたのだけれど、焼き栗屋さんってほとんど見かけなかったし、すっごくおいしいというわけでもなかったし(^_^;)。
思っていたほど寒くはないパリだったけれど、外で食べているとさすがに寒~い。

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エッフェル塔とシャイヨ宮のクリスマスマーケットを見た後は、メトロで凱旋門へと移動。そこからコンコルド広場に向かってシャンゼリゼ通りを歩いていると、シャンゼリゼ通りの途中からコンコルド広場まで、またまたクリスマスマーケットが開催されていた。エッフェル塔の近くにもあったけれど、子供用にメリーゴーランドなんかも設置されていて気分はお祭り?そのせいかシャンゼリゼ通りは夏よりかなり賑わっていたな。という事でまたまたクリスマスマーケットを物色。

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似たようなお店が軒を連ねているわけなんだけれど、パリのクリスマスマーケットは真っ白い三角屋根のテントでなんかかわいいな。のぞく時間がなかったけれど、国鉄モンパルナス駅前のクリスマスマーケットも白い三角屋根のテントだったもんね。

コンコルド広場からは、ライトアップされたシャンゼリゼ通りに凱旋門、夕焼けのエッフェル塔にオベリスクが一望できる。

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55 この後、セーヌ川クルーズをする予定だったけれど、歩きまわって疲れたし、夕食の予約もしていたので時間切れで断念。

こちらはクリスマスマーケットで半額で購入したぬいぐるみ。全部で6€(^^)。モンパルナスのホテルの赤いベッドカバーにちょうどいい感じ(笑)。
(2010.12.27パリ)

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2011年1月 7日 (金)

ガルニエ宮(パリオペラ座)

1  自分の趣味に走りすぎる傾向のあるフランス旅行(^_^;)。普通の観光地にもちょっとは行きたい!という友人の謙虚な希望で、12月27日はパリ市内観光へとお出かけ。
そしてまず行ったのがガルニエ宮。パリ・オペラ座だ。
私も一度オペラ座の中には入ってみたかったのよね(^^)

3_2 オペラ座の中に入るには、実際に観劇するか、あるいは昼間に自由見学するか、あるいはやっていればオペラ座のガイドツアーを利用して見学するかのいずれかだ。
一番安い席なら10€で見れるので、当日券があれば、中を見学がてら観劇してもいっかなと思っていたけれど、本日の公演は聞いた事もないオペラだったのでその案は却下(私が知らないだけで有名なオペラだったかもしれないけれど^^;)。バレエだったら見てもいいかなと思っていたのよね。ということでガイド付きツアーがあればガイド付き、なければ自由見学しようという事で話はまとまる。

9 通常は週3回しか開催されないガイド付きツアー。この時期はschool holidaysに含まれるようで、11時30分と14時30分の一日2回、定員30名のガイド付きツアーは毎日開催されていた。自由見学は9€、ガイド付ツアーは12.5€。値段も3.5€しか違わない。空いていたので私達は11時30分開始の英語ガイドツアーに参加する事に。

7 舞台裏とかも見せてくれるのかなと期待しての参加だったのだけれど・・・そんな場所には行けなかった(T_T)。公演中なので連れて行ってもらえなかったのかな?自由見学で見学できる箇所との唯一の違いといえば、ガイド付きツアーだと1階席に入れて、1階席に座って説明を聞けて、シャガールの絵をゆっくり見上げる事ができるって事だけだった。

8 う~ん、失敗した。よくわからない英語ガイド聞いて1時間30分費やすなら、自由見学でサクッと見学した方が楽だった。自由見学でも2階のボックス席から舞台やシャガールの天井画を見る事は可能だしね。英語がばっちりわかるならガイド付でもいいけれど私には不要だった。ばっちりわかる友人も必要なさそげだったけど。説明長いんだもん^^;。

10_5しかしガルニエ宮、パリ・オペラ座はやはり超豪華だな~。舞台や客席は意外と狭いけれど、その他のグラン・ホワイエや大階段やバルコニーなんてヴェルサイユ宮殿よりよっぽど豪華な気がするのは気のせい??ここで観劇するなら、天井桟敷の席といえどもちょっとはおしゃれして行かなければいけないんだろうか??
有名なシャガールの天井画は、ドデカイキャンパスに淡い色彩で描かれていて、それだけ見上げているとなかなか良いなとは思ったけれど、オペラ座にはちょっと不釣り合いな気がしなくもなかった。オペラ座はもうちょっとクラシックなイメージで、淡い色彩がなんとなく浮いている気がした。それがいいっていう人もいるんでしょうけれど。

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ガルニエ宮を見学後は、眺めのいい42番バスに乗りエッフェlル塔へ。
(2010.12.27)

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2011年1月 6日 (木)

モンパルナスでの食事

23 20 モンパルナスで泊まったのは2つ星のプチホテル、Hotel Odessa(2泊素泊まりで一人あたり102€)。治安的にはあまりよろしくないと言われるモンパルナス界隈だけれど、モンパルナスの国鉄&メトロ駅からも徒歩5分圏内で、カフェやクレープリー、ビストロ、ブラッスリーには事欠かず、モノプリ(スーパー)もすぐ近くにあって、今回の旅行の目的にはもってこいの場所だった。だから選んだんだけれど、選択に間違いはなかった(^^)。
21 部屋も角部屋だったので二方向のベランダからの眺めも良かったし、そこそこおしゃれなインテリアだったので満足。駅からホテルまで&食事を食べに出るぐらいなら暗くなってから外を歩いていても特に危険な雰囲気はなかったしね。22_3 今回、モンパルナスに泊まりながらモンパルナス界隈を散策する時間が全然取れなかったので、またいつかここにはゆっくり滞在したいなと思った。

散策の時間はとれなかったけれど、2泊中、朝食・昼食・夕食をそれぞれ一回ずつモンパルナスで取ったのだ。

1_2 芸術家のたまり場だったモンパルナスには歴史あるカフェが4つほどあるのだけれどその一つ
ラ・クーポール(La Coupole)
開店間際で空いている朝食に利用。
メトロVavin駅の近くにあり、ピカソやサルトル、ボーボワールもよく訪れたというこのお店。ホテルからは徒歩5分弱程度で行けちゃうのだ(^^)v。
ここでは8.4€の朝食セットをオーダー。二人分が一つのトレーに乗せられて運ばれてきた。でも何故か普通のクロワッサンが3つにチョコ入りが1つ・・・間違えたのかしら?チョコ入り2つにして欲しかった(^_^;)。
2_2 3_2 パンだけで朝から結構なボリュウム。でもおいしいし、なんだか優雅な気分(笑)。特にフレッシュオレンジジュースはお気に入り。そして飲み物はもちろん大好きなショコラ♪


4 ヴェルサイユに向かう前にランチで利用したのは、フランス人にもおいしいと大評判の
クレプリ・ジョスラン
(Creperi de Josselin)

こちらはホテルから徒歩3分とかなり近場にある。このへん、たくさんクレープリーがあるのよね。クレープ大好きな私にはもってこいの場所。
7_2 ちょうど行ったのがお昼時間という事もあり激混みだった店内。日本人も何組か見かけたな。私達が入ってすぐ後にちょうど満席になったみたいで、寒い中外で待っている人たちもいたからギリギリセーフで入れた感じ。
でも前から思っていたけれど、フランス人ってお隣の知らない人と肩が触れ合うぐらい&椅子も引けないギュウギュウ詰めの狭い座席に腰掛けて食事するの好きよネ(^_^;)。この席にどうやって入ればいいの??って感じのテーブルに案内され、テーブルごと動かしてやっとこさ腰掛ける状態。混んでいる居酒屋状態ってところかな・・・落ち着かない・・・。
5_3 頼んだのはハム&チーズ&卵入りのガレット(ブルターニュ地方のそば粉を使ったクレープ)とシードル(りんご酒)とデザートのクレープセット10€。アラカルトメニューには日本語も記されていたんだけれど、頼んだのはフランス語で書かれていたセット(^_^;)。ガレットはずっと楽しみにしていたのだけれど、な~んか想像と違う。日本で紹介されているガレットはもっとおしゃれっぽかった。味も・・・う~ん、フランスで何度も食べたハム&チーズのバケットの味と基本変わらないし(^_^;)。そして量が半端じゃなく多い!という事で、もったいないけれど半分残してしまった。無駄にお腹いっぱいにしてもしょうがないしね。6_3 でもデザートのクレープは別腹。全量摂取。
ガレットはおいしかったら日本でも食べてみようかなと思っていたけれど、その必要はないかも。日本人の口にはやっぱり普通のクレープの方があってるのよね。ガレットがおいしかったら既にガレット店が日本にもたくさん進出していそうなものだけれど、ガレット店が紹介されはじめたのはここ最近だもんね。


8 夕飯で足を運んだのは、メトロモンパルナス駅近くのモンパルナス1900
(La Montparnaasse1900)

16_2 アールヌーボーのちょっとおしゃれな店内の割には、結構リーズナブルに食べられるという事だったので足を運んでみることに。こちらもホテルからは徒歩5分弱の距離。
17 19時30分ぐらいにお店に入った時には寂しいほどすきすき状態で、「あらっ、そんな人気店でもないのね」と思っていたら、そのうちお店はほぼ満席に。やっぱりフランスでは食事の開始時間が私達より大分遅いのね。20時頃から開始って感じかな。
18_2 頼んだのは33€のセットメニュー。考えたら毎回セットメニューを頼んでいた私達(^_^;)。セットの方が楽だし、実際のところお得なんだよね。特にこのお店のセット、一人一人に食前酒、半ボトルワイン、食後のデザートにコーヒーも付いてるのでかなりお得な感じ。ボリューム満点で味はまあまあってところかな。ここのお料理はがっちり食べるつもりでいたので、お昼は軽くクリスマスマーケットの焼き栗で済ませていた私。おかげでこれでもか~って程盛られたポテトを除いてはほぼ全量摂取。

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(2010.12.27&28モンパルナス泊)

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2011年1月 5日 (水)

モンサンミッシェル観光

34 35 リスマスから一夜明け、今日は昨日は休館していた修道院の見学だ。その前にお宿のル・モートン・ブランで朝食。フランスって朝食にショコラがあるから嬉しい!(^^)!。
この小さなお宿、なんとレストランが4箇所もあるのだ(厨房はいっしょ)。大通り側からはわからなかったけれど、1カ所は城壁側から入れるテラスレストラン。宿泊代考えたらここ、宿はオマケでレストランが本業なんだろうな。お昼過ぎ、パリに戻るのにフロントに預けていた荷物を受取りに来たら、レストランはツアー客で大賑わいだったもんね。

テラスから見たモンサンミッシェル湾の朝焼け↓
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朝焼けのモンサンミッシェル↓19_2
モンサンミッシェルの見どころは修道院と、世界一の干潮差を誇るというモンサンミッシェルの湾。かつては「駆け足で走る馬の早さ」で押し寄せる波と流れ来る砂に数多くの巡礼者がのみ込まれたというが、現在は堤防が作られているので島が孤立する事はないらしい。

バス駐車場の潮位の差(左:前日午後 右:満潮時間前)↓↓
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その日の干潮差はモンサンミッシェル観光局のHPで確認。本日の満潮時間は10:19で水位は12.7m上昇する予定。

52_2 結構見ごたえある風景が見れるのかな?と、修道院見学前に、昨日歩いた城壁を再び周りながら満潮時間の前後でしばしモンサンミッシェル湾を観測&昨日との差を検証。確かに潮流が押し寄せている&引きはじめたのがわかる!ところどころ渦もできているし、潮目もしっかり確認できた。昨日降車したバスの駐車場も水没一歩手前。停車していたバスが急いで避難していた。満ち潮の時には場合によってはバスの駐車場が変ると書いてあった意味がこれでわかった。なかなかおもしろいものが見れたな。
自然現象をこの目で見るのって大好き!(^^)!。

満潮時間に見えた潮目&写真だとわからないけれど水は川のように流れている↓
動画はこちら
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その後は修道院内を見学。8.5€。昨日行った教会や列柱廊等々。

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16 モンサンミッシェルはトンプ山のピラミッド型の山の形を考慮しながら花崗岩の周囲を包み込むように建設された修道院。英国との100年戦争の際にもついに侵攻されることのなかったモンサンミッシェルは、軍事建築の代表例であるとも言えるそうな。
フランス革命による修道会の散会から1863年までの間、修道院は監獄として使用されていた事もある。
55 モンサンミッシェルの鐘塔に突き出るようにして立つのは大天使ミカエル。天使の軍団長であるミカエルは、中世の宗教的観念に大きな影響を及ぼしていたとか。

33_4 見学を終えたのは12時過ぎ。帰りのバスは14時30分に出るのでそれまでまだ時間がある。まずは修道院見学で冷えたからだを温めるためにヴァンショー(赤ワインベースのスパイスを効かせた冬限定の甘いお酒)をゴクリ。う~ん、微妙な味^^;。コップを口に近付けただけで香りが喉に突き刺さってくる感じなんだよね。飲んじゃえばどうって事ないんだけれど。1杯2€。パリのクリスマス市では3€。パリはやはりお高い。

余った時間はお散歩がてら、モンサンミッシェルの遠景を見てみようと対岸まで往復する事に。歩くたびに粘土のような干潟の泥が靴の底にこびりつく(-_-)。でもこれでモンサンミッシェルは十分堪能した。二度と来る必要はないな(笑)。

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17 帰りのバスに乗るために駐車場に行くと、既に潮が引いたバス駐車場にツアーバスがずらりと並んでいる。現地JTB主催の日帰りバスツアーのバスなんて3台も止まっていた(@_@)。他にも日本のツアーバス数台。日本人って何故かモンサンミッシェル大好きよね。冬のこの時期でそうなんだから、夏なんてどれだけ日本人が押し寄せるんだか~って感じ。路線バスの乗客も何故かほとんどアジア系だったけれど^^;。欧州の人はやっぱりマイカーで来るのかな。

(2010.12.26モンサンミッシェル)

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2011年1月 4日 (火)

クリスマスのモンサンミッシェル

今回のフランス旅行の第三の目的、というかついでの目的はモンサンミッシェル。別にモンサンミッシェルにこれといって興味があるわけではなく、とりあえず日本人に有名な世界遺産を一度は見ておくか程度の乗りで決めたこの場所(^_^;)。

48_2手っとり早く現地の日帰りツアーに参加するという手もあったけれど、あまり興味ない場所をお手軽ツアーを活用して行った日にはすぐに記憶から消し飛ぶ・・・と思い、面倒くさいけれど個人で訪問する事にした。ついでにフランス到着の12月25日にモンサンミッシェル島内に泊る事にしたのであ~る。
国鉄モンパルナス駅→
 
1 シャルルドゴール空港からAFバス約40分でモンパルナス駅へ。モンパルナスからTGV約2時間でレンヌ駅へ。レンヌ駅からモンサンミッシェル直通バス約1.5時間でモンサンミッシェルへ向かう本日の行程。出発前、欧州は寒波に見舞われていたので、TGVが運休とか、道路凍結でバスが動いていなかったらどーしよーと心配だったけれど、全然問題なく予定通り14時にモンサンミッシェルに到着。しかも今日は嬉しい事に風もないいいお天気。目の前にはTVで見た通りのモンサンミッシェルの全景が広がっているではないの(笑)。

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8 まずは左右にお店が並ぶ狭い大通りを登ってホテルにチェックインだ。ありがたいことにクリスマスにも関わらずモンサンミッシェルのお店はほとんどオープンしている!!さすが大観光地~すばらしいね~♪といっても短い大通りが一本あるだけなので、元々お店の数は少ないんだけれどね(笑)。

3 宿泊先はモンサンミッシェル島内では多分一番安いであろうル・モートン・ブラン。アップルワールドで申し込んで1泊朝食付で一人5,150円。島内泊りでこの値段とは嬉しい価格だ。お部屋もこの値段にしては山小屋風でいい感じ。この時期だから取れたのかな。冬にモンサンミッシェルに宿泊する人って、そんなにいない気がするもんね(^_^;)。
4_2←小窓からのぞけばモンサンミッシェルも見えるし、窓の下は大通りだ,し、とりあえず眺めはOK。
ただ~し、せっかくバスタブ付きのお部屋だったのに夜シャワーのお湯が出なかった。友人が苦情を言いに行ったら「朝にシャワーあびろ」と言われたらしい。はい・・・朝にはちゃんとお湯が出たので朝にシャワー使わせていただきました(-_-)。フランスでもお湯が出ない事ってあるのね。他国では何度か経験しているからいっけど(-_-)。1泊5,150円だしって事でこの件は不問に付す。

46_2 44 ホテルのお部屋で一息ついた後はモンサンミッシェル島内散策に出発。まずは城壁内を城壁に沿ってぐるりと一周しようと思ったら・・・・・修道院内に入らないとぐるりと一周はできない構造になっていた。修道院の外からは4分の3周ぐらいしかできなかった。中の小道はちょっと迷路っぽくなっているような感じ。そんな複雑な道ではないけれど、モンサンミッシェル島内の詳細地図が欲しかったな。

しかしモンサンミッシェルってホント、階段がたくさんあるんだよね。さすがトンプ山に建設された修道院なだけある。

モンサンミッシェルの干潟↓5
夕日に照らされたモンサンミッシェルの影↓9

45_2城壁の外やお土産物屋をのぞいた後は、モンサンミッシェルの教会で行われる18時30分からの宗教行事(典礼?)に参加するための防寒対策を整えるため、いったん部屋に舞い戻る。そして再び登り坂をモンサンミッシェルの修道院へと向かう。

←修道院入口

私達はカトリック教徒でも何でもないけれど、指定された時間に行けば今日は入れないはずの修道院内の教会の宗教行事に誰でも参加できるのだ。

思っていたほど参加者は多くなく、集まったのは子供を含めて20名程度。観光客なのか地元の人なのかはわからないけれど、私達と違い^^;、みなさん信者のようではある。という事で私達はちんまりと後ろの席で見学。

11 最初はミサかと思っていたけれど、結局のところ聖歌隊の歌がメインの行事だった。
教会の空間に響き渡る讃美歌は心洗われる音色ではあるけれど、寒い教会内、信者でない私達が讃美歌を聞きながら1時間過ごすのは厳しい・・・ということで、途中コソッと抜け出してみたけれど、肝心の修道院の入り口に鍵がかけられていて外に出る事ができなかった。
仕方なく再びコソッと教会に舞い戻り、終了までおとなしく聖歌隊の歌を聞いていたのである^^;。


47 参加しても未だに何の宗教行事だったかは不明だけれど、モンサンミッシェルの教会でクリスマスの宗教行事を体験した!と思っていた私。
実は教会暦の一日は日没からはじまり日没に終わるんだそうな。教会暦のクリスマスは12月25日の日没まで。という事は25日の日没後に行われたこの行事は日課の挽課?だったって事かな・・・いずれにしても滅多にできない経験だったので参加してよかったけれど。

教会での宗教行事に参加した後は、モンサンミッシェルの夜景を見に城壁の外へと足を運ぶ。うん。ライトアップされたモンサンミッシェルは確かにきれい。でも城壁の土台の飾りがなんだかな、チャラチャラしすぎている気がする。もう少しシックに飾りつけてよって感じ。

城壁外から見たモンサンミッシェルのライトアップ↓12
部屋の窓から見たモンサンミッシェルのライトアップ↓13

40_2 城壁内の大通りもきれいにクリスマスイルミネーションが点滅してはいるけれど、さすがに25日の夜ともなると皆さまお家でクリスマスを過ごすのか、昼間そこそこいた観光客も帰り、大通りを歩く人はまばらだ。それにどこのレストランもスキスキ状態。
欧州ではほとんどのお店が休業しているというクリスマス。万一食いっぱぐれたら・・・と、宿泊ホテルのレストランを日本から予約していたけれど、予約なんて全然必要なかった(^_^;)。という事で今宵はホテルのレストランで夕食。結構おいしかった~(^^)。私好みのお味。ワインを半ボトル頼んで二人で64€。

↓私が食べたセット
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友人が食べたセット
↓ ・・・これを食べてお腹をこわしていた(生牡蠣に子羊のレア)
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(2010.12.25モンサンミッシェル宿泊)

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2011年1月 3日 (月)

ヴェルサイユ徒然

12 念願のヴェルサイユの町中散策へ。
ヴェルサイユはパリとはまた違う雰囲気。といっても昼間はヴェルサイユ宮殿の観光をしていたので、市内散策をしたのは夕方~夜の時間帯のみ。なので昼間の町の雰囲気は知らないのだ。でも総じておしゃれ系な庶民の町というイメージで、東京でいえば自由ヶ丘?もうちょっとゆっくり散策したかったな。  

4_2 ヴェルサイユの市庁舎⇒
パリで宿泊したモンパルナスにはそこらじゅうにカフェやビストロがあったけれど、ヴェルサイユは少なめ。モンパルナスはカフェのめっかだし、そんな町と比べてもしょうがないか。でも 反対にヴェルサイユではおいしそうなお惣菜屋さんやかわいいケーキ屋さんをたくさん見かけた。という事で夕飯はそれらのお店でテイクアウトし、ホテルのお部屋でいただく事に(^^)。途中、ロワイヤル通り沿いには便利なモノプリ(スーパー)もあったので、ワインやビールはそこで調達。他にもワイン屋&チーズ屋さんもいくつか見かけたし、テイクアウト派にはかなり重宝な町、ヴェルサイユ(笑)。

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10_6 そしてヴェルサイユの町随一のショッピングストリートといえば、パロワス通りとそれに続くマルシェが軒を連ねるノートルダム市場。特にパロワス通りにはおしゃれなインテリア雑貨のお店がいくつかあって楽しかった!(^^)!。クリスマスは終わったのに、ここではちょっとした小物を買ってもきれいにラッピングしてくれるのだ。まるで各お店でラッピングの技術を競っているような雰囲気。
9 ホテルの近くにもインテリア雑貨のお店がいくつかあったけれど、時間がなくてほとんど見れなかったのが残念だな。

ところでヴェルサイユの子供達に2回ほど日本語で挨拶された私。面白半分?バカにしてる?日本のアニメ好き?中近東でなら不思議とは思わないけれど、フランス人の子供だと意図不明。

ヴェルサイユからそのまま帰国の途につく私達は、飛行機の時間に合わせて朝も早く8時にホテルをチェックアウトしたのだけれど、この時期8時といえば外はまだ夜なんだよね。街燈の明かりはあるものの人通りもほとんど無いヴェルサイユ市内。この町の治安が悪いとは思えないけれど、駅に向かって歩いている途中怪しげな男3名に遭遇。別に何事もなかったけれど、ちょっとビビってしまった(-_-)。やっぱり夜道には気をつけよう。

13 ヴェルサイユはヴェルサイユ宮殿と共に発展した町だけあって、いたるところにメジャーではない?史跡があるようだ。「ここに歴史あり」といった立看が番号付きで随所に立っていて、各言語でも簡単に紹介されているので(日本語でも書かれている)、たっぷり時間があれば立看の番号順に回ってみるのもおもしろいかも?

14 失敗したのはジュ・ド・ポーム。適当なうろ覚えでこのへんにあったはずよねと行きついた先はピエース・ド・デ・スイス・・・池だ・・・。立て看を読むと「王の菜園の排水を行うためにスイス人護衛兵が掘ったもの」とある。なんか違う気がする・・・。帰国後調べたらやはり全然違った(T_T)。見学は予約制のようだけれど、ジュ・ド・ポームってちゃんと当時の建物が残っていたんじゃ~ん。しかもホテルから5分もかからない場所にあったんじゃ~ん。ということで、あの「テニスコートの誓い」の場所には行きそびれたのであった(T_T)。

こちらは雪景色の中もやが立ち込める幻想的なアポロンの泉(ヴェルサイユ宮殿内)↓

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18_2 私はヴェルサイユ宮殿の訪問は今回で三度目だけれど(友人はお初)、もちろん雪景色のヴェルサイユ宮殿は初めて。それはそれでなかなか情緒があってよかったけれど、でも庭園が除雪されていないのには参った。かなり歩きづらかった(-_-;)。そのうえ私達ったら、王妃の村里からプチトリアノンへの帰り道に人っ子一人見当たらない雪景色の中で方向感覚を失い危うく遭難しかけたんだよね・・・遭難とはちょっと大げさかな^^;。

17_2 そしてたどりついたのは何故かグラントリアノン。地図で確認すると、どうも緑で塗られている緑地内に足を踏み入れ、その後その緑地内に隠れている宮殿で働く人たちの居住区?に迷い込んでいたらしい。おかげで帰りに寄ろうと思っていた洞窟と岩山と見晴台に行きそびれた。でもとにもかくにもグラントリアノンにたどり着けて良かった。既に15時を過ぎているのにまだお昼も食べていなかったし、そのままあてどもなくさまよっていたら暗くなってマジに遭難するところだった。雪の庭園は侮ると危険なのであった。

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フェルゼンを模したとも言われる愛の神殿のキューピット像      →

(2010.12.28&29ヴェルサイユ泊)

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ランビネ美術館

今回のフランス旅行第二の目的は、私のかねてからのこだわり^^;、ヴェルサイユの町に宿泊する事。2泊したのでランビネ美術館(Musee Lambinet)にも立ち寄る事ができたのだ(開館時間14時~18時 4€)。

16パリでは雪なんて降っていなかったのに、ヴェルサイユの町は何故か雪景色。16時に3つ星のプチホテル、Hotel la Residence du Berryにチェックインし(朝食付2泊で一人あたり89€のスペシャル価格。部屋は特筆すべき事もないただの普通の部屋だったけれど、レストランや共有部分の内装には趣があった)、その後一休憩してランビネ美術館に向かったのはいいけれど、これが思ったより遠かった・・・雪道が歩きにくかったという事もあるけれど、徒歩30分以上かかってしまった。既に17時を回ろうかという時刻にランビネ美術館に到着。閉館まで1時間。それでも小さな美術館だったので十分見て回れたけれどね。

351751年に建てられた邸宅を遺贈されて公開しているランビネ美術館。2010年にリニューアルオープンしたこの美術館では、フランス革命期の絵画や彫像、家具が展示されている。
美術館に展示されているのだから作品はオリジナル・・・のはず?う~ん、このへん微妙だな。フランス語が話せれば学芸員に聞けるのに(T_T)。ランビネ美術館的にはマラーの暗殺風景やシャルロット・コルデの肖像画の方がお勧めなんでしょうが、私の興味はやはりマリー・アントワネット関係。ここにはマリー・アントワネット最後の肖像画があるのだ(TV「美の巨人たちスペシャル」ではそう紹介されていた)。

20 描いたのはアレクサンドル・クシャルスキ(Alexander Kusharsky)。調べてみるとこの人、フランス王族の肖像画を多数描いた画家として知られているらしい。ヴェルサイユ宮殿に飾れているルイ・シャルルの肖像画もアレクサンドル・クシャルスキによるものだ。そして1789年にはマリ-・アントワネットの専属画家となり、1793年にタンプル塔に幽閉されたマリー・アントワネットの最後の肖像画を描いたそうな。でもその肖像画は2003年にオークションにかけられたとか??
比較してみるとネットで紹介されている最後の肖像画とランビネ博物館の肖像画とは微妙に顔が違う。他にも似たような肖像画で反対向きの肖像画もあるし最後の肖像画のオリジナルはどれだ??って感じ。アレクサンドル・クシャルスキは同時期に何枚か似たような肖像画を描いたのかな?

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そもそも何でアレクサンドル・クシャルスキはタンプル塔に幽閉されているマリー・アントワネットの姿を知っていたんだろうか。革命委員会からマリ-・アントワネットの肖像画を描くよう指示されてタンプル塔におもむいた??それっていきな計らいというか屈辱的な計らいというか・・・よくわからない。

とはいえマリー・アントワネットの最後の姿といえば、ダヴィットが実際の状景を見て描いたとされる、髪を短く切られ、後ろ手に縛られたギロチンに向かうマリー・アントワネットのスケッチの方がインパクトは強いけれどね。

その他にはマリーアントワネットのポートレートだとか
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Antoine Vestierが描いたルイ・シャルルの肖像画だとか
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Jean-Jacques Hauerの描いたルイ16世と家族達の最後の別れや、神父から臨終の秘蹟を受けるルイ16世の絵画が展示されていた。マラーやシャルロット・コルデの絵画は、このJean-Jacques Hauerの描いたものが中心だったっぽい。
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こちらは友人訳によるとルイ16世がタンプル塔に実際に持ち込んだ衣装ケース。
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その他目を引いたものとしてはラファイエットの胸像や、ダントン・マラー・ロベスピエールの三人が並ぶ肖像画かな。ラファイエットってこんな顔していたのかしら。
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(2010.12.28ランビネ美術館訪問)

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2011年1月 2日 (日)

サン・ドニ大聖堂

今回のフランス旅行一番の目的は、行きそびれていたパリ郊外のサン-ドニバジリカ大聖堂。パリでの宿泊地モンパルナスからはメトロ13号線で約30分、Basiliqu St-Denis駅下車徒歩5分の距離にある。
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重厚なゴシック建築にバラ窓をはじめとする美しいステンドグラスがあるこの大聖堂は、フランス歴代王室の大墓所としても有名だ。

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メロヴィング王朝、カロリング王朝、カペー王朝、ヴァロワ王朝、そしてブルボン王朝までの大多数の王と王妃、王太子に王女がこの地に埋葬された。礼拝堂内に並べられた棺の数々。現在も祭壇に足を向けてずらりと並ぶ横臥像の石棺を目にする事ができる。
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アンリ四世以後は、王達の棺は地下墓所(クリプト)に置かれるようになった。このクリプトがいわゆる「ブルボンの地下墓所」だ。しかしクリプトに埋葬された王家の棺は革命の最中あばかれてしまう。革命で破壊されるまでそこには53の棺が並んでいたとか・・・天然痘で死んだルイ15世の遺骸を除き、防腐処理を施された遺骸の保存状態はかなりよかったらしいが、王たちの遺骸は棺から持ち出され遺棄されてしまった。

1814年の王政復古後、ルイ18世は先祖たちの遺骨探しを命じた。その結果、現在は贖罪礼拝堂が建つマドレーヌの共同墓地から、処刑後埋葬されたマリー・アントワネットの遺骸を発見。さらにその近くからルイ16世のものと思われるわずかな骨も掘り出され、サン・ドニに改葬された。革命によって暴かれた先祖たちの遺骸もまた掘り出され埋葬し直されたが、どれが誰の骨かを判別する事は不可能で王の納骨室に祭られる事となった。

ルイ16世とマリー・アントワネットの遺骸が掘り起こされた経緯についてはいろいろな記述があるのでどれが本当なのかよくわからないけれど、最近読んだ本ではまた違う描写がされていた。

「埋葬の一部始終を墓地に隣接する自宅の窓からじっとながめていた男があった。デクロゾー某というこの王党派の弁護士は、20年ほど経った1815年に4550フランでこの墓地を買い取り、やがてブルボンの復辟が成ると、さっそくルイ16世夫妻の埋めた場所を掘り起こさせた。すると腐りかけた靴下留めが出てき、それがマリー・アントワネットのものにまちがいないことが確認された。そこでその年の121日・・・ルイ16世の処刑の命日であるが・・・遺骨は密かにサン・ドニの王廟に移され、一年間はそこのおかれてあったとされている。しかしサン・ドニ王廟に移されたのがはたしてルイ16世の遺骨かどうかは今日まで疑わしいとされてきた。」(岩波書店「知られざるパリ」菊盛英夫著)

いずれにせよ、マリー・アントワネットの遺骸は本人の物と断定できる何かがあったという事だろう。下の写真、真中左の墓石がマリー・アントワネット、真中右の墓石がルイ16世、手前右が1824年、サン・ドニに埋葬された最後の王ルイ18世の墓石だ。

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そしてこのサン・ドニには、ルイ17世の心臓が納められている。

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8_2 1792
年、ルイ16世とマリ-・アントワネット、姉、叔母と共に7歳でテンプル塔に幽閉されたルイ・シャルル(ルイ17)
1793
年、身内から引き離され革命家の手に渡ったルイ・シャルルは、教育係のシモンからテンプル塔内で教育という名の元に虐待を受け(シモンとは良好な関係にあったとという説もある)、シモンが去った後は劣悪な環境の独房に放置された。
27_2 そして1795
年、わずか10歳でその命を終える。 死亡の翌日に行われた解剖の結果、ルイ・シャルルの死因は結核とされたが、王政復古後に解剖医は「長い間耐え忍んだ肉体と精神に対するひどい仕打ち」が死因であると訂正した。その解剖の際に解剖医が密かに持ち出したという心臓の一部が、回り回って本来あるべき場所であるサン・ドニの中にこうしてルイ17世の心臓として納められているのだ。革命期の混乱の中をかいくぐり無事サン・ドニに納められた小さな心臓・・・不思議な縁である。
6_2 実際のところ、この心臓の謎と共にルイ・シャルルは王党派の手で密かに救い出され、タンプル塔で死んだ少年は実は身代わりだったという説は根強く存在している。しかし2000年、この心臓の一部を切り取り、マリー・アントワネットとの母子関係を調べるミトコンドリア鑑定を行った結果、この心臓はルイ・シャルル(ルイ17)のものであるとの結論がくだされた。これで長い疑問に終止符が打たれたのか否か。

7_2 ルイ・シャルルの墓石の前にはその兄、ルイ・ジョセフの墓石?セノタフ(遺骸不在の墓のための墓標)?が置かれている。1789年、7歳で脊椎カリエスで死んだルイ・ジョセフ。
26_2 第一王子であったルイ・ジョゼフ。王位継承者の王太子として健康に育っていたならば、ルイ・シャルルと同じ運命をたどるかもしれなかった兄。7歳という短い生涯ではあったけれど、後から見れば悲惨な革命を経験する事無く、革命の火ぶたが切られる一歩手前のいい時期にこの世を去ったとも考えられる。

*ルイ・シャルルとルイ・ジョセフの絵画写真はヴェルサイユ宮殿内に飾られていたもの。

10_3 他にはルイ14世や、左写真のルイ15世の娘ルイーズ(写真上部)にマリー・アントワネットが遺書を残したルイ16世の妹エリザベート(写真中段左)、ルイ15世の娘アデライード(写真中段中央)にヴィクトワール(写真中段右)、それにフランス人に人気のアンリ4世の墓石?セノタフ?を見かけた。ルイ15世のものは見かけなかったけれどどこにあったんだろう??フランス語表示の説明書きはよくわからない・・・。
13 そして出口の近くにはルイ16世とマリー・アントワネットの祈りの像が置かれている。この像はルイ18世によって注文され、1830年ごろに完成したものである。もう一つ、ルイ18世の命によって建立された贖罪礼拝堂にも天使によって楽園への道を示されるルイ16世像と十字架を持つ女性にすがりついて救罪を求めるマリー・アントワネットの像があったけれど、この二か所の像の意味の違いは何なんだろう。サン・ドニの祈りの像は王家の墓所にやっとだどりついた二人が安らかに祈りを捧げている姿なのだろうか。(2010.12.28訪問)

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2011年1月 1日 (土)

A380

明けましておめでとうございます。

と言ってもお正月気分は皆無。
昨日おフランスから帰国したばかりの私。なんだか眠いよ~(-。-)y-゜゜゜。

フランス旅行で一番心配していたのはお天気。出発が2日前だったらフランスの大雪騒ぎに巻き込まれていたところだけれど、到着した頃には既に寒気も緩み、旅行は何の支障もなく予定通り終了したのであ~る
しかし帰りに乗った初の2階建て飛行機A380(エアバス380)。たまげた(@_@)。

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ジャンボ機の前方にちまっと存在する2階席には以前にも乗った事はあるけれど、このA380って完全2階建て構成なんだよね。窓もちゃんと上下に2列付いている太めの飛行機。だからといってエコノミー席の座席の間隔が広いわけでもなく、乗客数も通常の2倍の人数を収容しちゃうわけだ。これが落ちたら犠牲者数も倍増してえらいこっちゃ。
しかしこの乗客数2倍の機内預け荷物を受け取るのに成田空港では1レーンのターンテーブル1か所のみ使用。荷物を受け取るのにすごく時間がかかった
出てくる荷物も2倍になるんだからA380を成田空港に就航させるには長いターンテーブル作るとかもう少し考えてくれなくっちゃ~。最後にして疲れたヨ

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