書籍・雑誌

2012年1月21日 (土)

チューダーズ

6人もの妃を持った事で有名な?ヘンリー8世(うち2人の王妃は斬首刑)。

Caacema5_3以前その第2妃を描いた「ブーリン家の姉妹」という映画を見た事があるのだけれど、この映画の原作を見つけたので、「ブーリン家の姉妹」を含む4部作をいっき読み。
英国史は私の興味の範疇外だったのだけれど、これいわゆる英国チューダー朝版大奥。
どーりでおもしろい(笑)。
斬首された第2妃のアン・ブーリン、その娘エリザベス1世、アン・ブーリンの従妹でヘンリー8世の第5妃となりやはり斬首されたキャサリン・ハワードを中心に描かれているこの作品。
大奥よりドロドロしてるぞ
すっご~。

そして読み終わってからもう一度「ブーリン家の姉妹」と「エリザベス」の映画を見直してみようとTUTAYAに行った時に偶然発見したのが
海外ドラマシリーズ「チューダーズ-THE TUDORS~ヘンリー8世背徳の王冠~」
オッこんなのがあったんだ
という事で現在割引セールの時を狙ってちまちまとレンタル中(^_^;)。
映画より見ごたえあるゾ。

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2011年10月10日 (月)

死刑執行人サンソン

集英社新書の「死刑執行人サンソン」を読む。
結構おもしろかった・・・というか、自分が想像していたのとは全然違うサンソン像で、「へぇ~」って感じで驚いた。
この本では、サンソン一族の中でもフランス革命期にルイ16世をはじめ多くの処刑に関わったシャルル・アンリ・サンソンに一番スポットがあてられているものの、フランスの死刑執行人の大元締め、六代続いたサンソン一族についても大まかな事が描かれている。
職業柄、周囲からは忌み嫌われ、避けられ、市民権も与えられていなかった死刑執行人。たいていていは同じ死刑執行人の家同士で結婚が成立し、その仕事は世襲であった。かなり虐げられた日影の生活を送っていたと思いきや、税制上の優遇や報酬、そして副業である医業によりこのサンソン一族、社会的地位は全くなかったものの、実は貴族並みに裕福な暮らしをし、そしてかなりのインテリだったのである(@_@)。地方の死刑執行人達がサンソンのところに実習に来ていたりとか、死刑執行人もプロフェッショナル集団だったのだ。
処刑の責任者としてルイ16世を処刑するまで、敬愛する王は絶対に反対勢力に救出されるものと信じ、よもや自分が処刑を実施する事になるとは思っていなかったシャルル・アンリ・サンソン。処刑後はその呵責にさいなまされ、密かに非宣誓僧侶(革命に忠誠を誓わなかった僧侶)の元を訪れルイ16世のためにミサをあげたシャルル・アンリ・サンソン。ルイ16世の処刑に限らず、死刑執行人自身が死刑廃止を強く望んでいたのだ。
しかしシャルル・アンリ・サンソンの時代にそれはかなわず、彼はフランス革命期に実に二千七百数十人の首を落としたのである。ルイ15世の愛人であったドュ・バリー夫人も首を落とした一人だが、「みんながドュ・バリー夫人のように泣き叫び、身をもがき、命乞いをすればよかったのだ。そうすれば人々も事の重大さに気づき、恐怖政治ももっと早く終わっていたのではないだろうか。」と、シャルル・アンリ・サンソンが日記に記した一言は有名である。
ルイ16世もマリー・アントワネットも死刑にあたり毅然としていたという話も有名だが、さすが国王に王妃と思いきや、恐怖政治期の処刑台の上で見苦しく取り乱したのはドュ・バリー夫人ぐらいなもので、ほとんどの人は不当な死刑判決だろうが、その判決を平然として受け止め称容として死んでいったそうな。国王に王妃が突出してあっぱれな死に際だったわけではなく、ほとんどの人があっぱれな死に方をしたのだ。それって時代かな・・・武士の覚悟の切腹や、明治維新で命を落とした獅子達に重なる感情なのか・・・。
しかし若かりし頃のシャルル・アンリ・サンソンが、やはり若かりし頃のお張り子時代のドュ・バリーとつきあっていた事があるとは知らなんだ。死刑執行人とつきあっていた女性が、フランス国王を牛耳る事になろうとは、何でもあり~な世界だったって事よね。女は怖し。そしてその色香に迷いいいなりになる男は情けない

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2010年1月12日 (火)

ベルばらKids

Ca4ihf3y ブックオフでやっと見つけた「ベルばらKids1巻~3巻」。
家では朝日新聞を取っているので、別に土曜別刷りの「be」さえ毎週きちんと読んでいれば買う必要もないのだけれど、週1なんて面倒くさくて、ベルばらファンでありながら全然読んでいなかった「ベルばらKids」。
「そういえばそんな連載やってたな~」と突然思いだしたのが3カ月前。既に本になっていたのは知っていたので、思い出すと読みたくなった。でも定価で購入する気はないし~、という事で、なかなか手に入らなかったんだよね。
今回無事半額で購入。
しかし4コマ漫画2つに対して1つづつ付いている新聞記者?が書いたコラム、もうちょっと中身のある事を書いて欲しい。つまらないコラムが多すぎる

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2010年1月11日 (月)

スターリンその謀略の内幕

新年そうそう、おっそろしい本を読んでしまった。
「スターリンその謀略の内幕」。
ロシアに行く前に読んで行こうと図書館で借りていたのだけれど、帝政ロシアがらみの本を読むだけで時間切れ、帰国後手に取ることに。
ロシア史って今まで断片的にしか知らなかったけれど、ロシア革命後、ソビエトにはびこったボリシェビズムってナチに匹敵するか、それ以上に邪悪な代物だったんだ。
ボリシェビズムの根本ともいうレーニン自身が、「腐敗であろうと、皆殺しの脅迫であろうと、何でも利用せよ。」「破壊工作の疑いをあるものは全員を殺せ」と言っていたわけで(そこまでひどい人物とは思っていなかった)、それを実践したスターリン。
今の言葉でいうなら、「独裁者スターリンンのDVにより統治されていた国家」と言えばわかりやすいのかな?
KGBの前身であるNKVDによる、いつ訪れるともわからない逮捕に強制労働、そして暴力と虐待と拷問と死に怯える世界。それが実際に30年以上続き、数えられないほどの人々が、判別も不可能なむごたらしい死にざまで死に追いやられた思うと・・・しかもその悪行は20世紀の半ば過ぎまでソビエト連邦共和国内で公然と続いていたと思うと・・・恐ろしすぎる。それってつい最近の自分の親の世代の話だしね。
その原動力がスターリンの恐怖心だったというのもまた何ともいえない理不尽さを感じる。スターリンにとっての一番の恐怖はソビエト国民であり、レーニンによって築かれた世界が反乱分子により消失させられるという恐怖が、共和国として併合した国民は元より、自国民やかつての仲間に向けられた根拠に欠ける容赦ない粛清、そして大量虐殺につながったとは・・・独裁者が必ずたどる道のような気はするけれど、ソビエトは国土が広大、国力もそれなりにあっただけに、その被害の規模もけた外れだ。
しかもナチズムとボリシェビズムとはかなり近い思想で、第二次世界大戦中の一時期、ヒットラーとスターリンが手を握ったというのも、その残虐行為に拍車をかけた気がする(スターリンがヒットラーのやり口に心酔したようだけれど)。
その後ドイツのソビエト侵攻でその関係はとぎれ、最終的にナチは敗れたわけだけれど、そのままヒットラーとスターリンが手を握っていたら、今の世の中、かなり恐ろしい世の中になっていたかもしれない。スターリンは第二次世界大戦後も西欧諸国に対しうまくカモフラージュしながら恐怖政治を続けてきたわけだしね。
でもソビエトからロシアになったいまもまだロシアは何考えているかわからないし、私がおっそろしーと思った人物の一人、独裁者毛沢東がいた中国もいまだ社会主義国家だし、今後またどうなるかわかったものじゃないよね

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2009年7月 6日 (月)

モーリス

先日の続き・・・というわけではないけれど、ネットでアリー・イブン・エル・フセインを検索していた時に、全く無関係に、ロレンスがらみで新たに発見した事が一つ。
「モーリス」の作者、E.M.フォスターって、T.E.ロレンスの友人だったんだ!!
Ca78j5lq「モーリス」といえば、私は原作を読むより前に、TVで映画「モーリス」を見たのだけれど、この映画「モーリス」、私の世代的には萩尾望都の漫画の世界を映像化したような印象の映画だった。というのも、前半はケンブリッジの男子寄宿学校が舞台で、しかも同性愛のプラトニック・ラブ系(後半はちょっと違ってくるけれど)。つま~り、この映画は同性愛がテーマの映画なわけ(^_^;)。
で、その後、ブックオフ100円コーナーで原作本を偶然見つけて購入(←かなり活用しているブックオフ)。読んでみると、う~ん・・・・映画の後に原作読むと、たいてい原作の方が断然いい!と思う私・・・・なのに、こと「モーリス」に関しては、映画の方がいいやと思った記憶がある(^_^;)。
で、その作者E.M.フォスター、彼も実は同性愛者だったのね~。しかもケンブリッジ出・・・という事は・・・「モーリス」はかなり自分に近い部分を小説にしたと思われる。その証拠に作者後書きにあるように、登場人物のクライブやリズリーにはモデルがいるらしいのだ。
そこで気になるのがクライブのモデル。
「クライブはケンブリッジの人である。ケンブリッジをかなりよく知っている私は、さして困難なく彼を作りあげた。ちょっとした知り合いの学者からも性格を借用した。冷静、優越的外観、明瞭な頭脳と知性、確固たる道徳規準、金髪白皙と脆弱ならぬ繊細さ、弁護士的態度と地主的風貌、これらはすべてその知人からヒントを得たものである。」という一文。
この知人ってもしかしてT.E.ロレンス??ロレンスの同性愛疑惑は有名だしなぁ・・・なんて邪推しちゃうわけ(^_^;)。
E.M.フォスターとT.E.ロレンス、二人はいつから友人だったんだろう??片やケンブリッジ、片やオックスフォード・・・と言う事は、もっと若い時からの友人??
と、ここにこだわるのも、もしクライブのモデルがロレンスだとしたら・・・かなり私のイメージしているロレンスとは違うのだ。といっても私の頭に残っているクライブは映画のクライブなので、もう一度原作の「モーリス」を読み返してみる事にするか。全然違う人がモデルかもしれないけれど、もしかしてロレンスがモデルかもしれないしね。

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2009年7月 5日 (日)

砂漠の反乱

ブックオフで偶然見つけた「砂漠の反乱 アラビアのロレンス自伝」を読書中。これ、結構難解というか読みにくい~。似たような長ったらしい名前のアラブ人がいっぱい登場するし、ロレンスがあちこち動き回るアラビア半島内の地名の位置がピンとこない。人物相関図と地図を片手に読み進めない事にはチンプンカンプンだ~。ロレンス本人の書き方がまずいのか?はたまた翻訳がいけないのか?それとも私に読解力がないのか?
とりあえず並行して、当時のアラブ軍の状況をもう少しわかりやすく描写している、スレイマン・ムーサの「アラブが見たアラビアのロレンス」を読み返しつつ、映画「アラブアのロレンス」を見返しつつ、読み進めている最中。

090704_20520001 そこで出てきたのがアリー・イブン・エル・フセイン。
スレイマン・ムーサの著書ではシェリフのアリー・イブヌル=フセイン・アル=ハリーシとなっているけれど、この人が映画「アラビアのロレンス」や、神坂智子の漫画「T.E.ロレンス」に登場する「ハリト族のアリ」のモデルなのかな??
とりあえずハリト族のアリは実在しないのは確かだとしても、アリー・イブン・エル・フセインは実在していたわけで、このアリーの部族が何なのか気になり出した私
ネットで検索するとハーリス族のような??でもハーリス族はオマーンに実在するけれど、ベドウィンではないとか??
いったいアリーは何族で、アラビア半島のどの辺をメインに生活していたんだ~??

なんでこんなにアリーが気になるかと言うと・・・
私はかなり昔からこ~ゆ~姿の↓砂漠の民に何故かメチャ魅かれるのだ
090704_20480001これは映画「アラビアのロレンス」に登場するハリト族のアリ。
ただし、砂漠の民といっても私の好みはアラビアの砂漠、もしくはサハラ砂漠のトュアレグ族限定←青色のターバン姿がかっこい~。もし前世というものがあるなら、私は絶対その辺りの遊牧民だった気がするんだよね。これが中国の砂漠の遊牧民となると・・・全然興味ないもん

その上、アリーはシェリフ。
シェリフというのは本来予言者、およびその一族ハーシム家の子孫を指すらしいけれど、一般的には貴族を意味するそうな。「砂漠の貴族」。これもなかなか興味を魅かれる響きよね。
あっ、でもね、砂漠の民に幻想を抱いているような私だけれど、それは単なる幻想であって、日本人とは相入れる事のないような遊牧民の性格は、本多勝一が遊牧民と共に生活した際の著書、「アラビア遊牧民」でなんとなく理解はできているのであった。

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2009年1月19日 (月)

傭兵部隊

この間読んだ落合信彦著「モサド、その真実」がおもしろかったので、ブックオフで落合信彦の著書を数冊購入。で、今回読んだのが「傭兵部隊」。
その中でフランス外人部隊の話が出てきた。
そこで思い出したのが数年前、イラクで護衛の仕事中に反米武装勢力に襲撃されて死亡した日本人、斎藤さんの事。
フランス外人部隊出身という斎藤さんの経歴を聞いて、日本人にも本格的に傭兵稼業についている人がいたんだという驚きと共に(ちなみにフランス外人部隊は正規軍)、除隊後も民間軍事会社に傭兵として身をおくなんて、なんてストイックな生き方なんだろかっこいーな、なんて単純に思っていた私・・・・漫画の「エリア88」にも結構かっこい~傭兵出てきたし・・・・・・・。
でも別にこれは私だけの印象ではなく、当時は世間の風潮的にも、イラクで人質になった通称「イラク3バカ」とは対象的に、斎藤さんの行動はかなり批判少なく好意的に受け取られていたような気がする。
日本にいればそんな血なまぐさい経験をする必要もないのに、あえて戦地に赴く「傭兵」という響きに一種のロマン?を感じちゃうのって、平和ボケしている日本人ならではの感覚なんだろうな。
実際のところ民間軍事会社の傭兵の実態って、今回ネットで検索してはじめて知ったのだけれど、「彼らは復興請負業者を護衛してイラク国内を移動するが、沿道を銃や機関銃で威嚇しながら猛スピードで突っ走り、何か不審なものがあれば、警告もせずに銃撃する。」そうな・・・そんなところにロマンも何もあったもんじゃない・・・よね。

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2008年12月 8日 (月)

モサド、その真実

1984年初版の落合信彦著「モサド、その真実-世界最強のイスラエル諜報機関-」
現役は退いているけれどモサドでは名の知れた人物達・・・モサド初期の長官二人に、エジプトに潜伏して派手な諜報活動後逮捕され解放されたモサドメンバー、さらにはPLOやシリアに牛耳られたレバノン政府に反旗をひるがえしたレバノン正規軍少佐へのインタビュー形式でつづられたこの本。かつてのモサドの活動の一部がよ~くわかるし、当時の中東情勢もよ~くわかって結構引き込まれる内容。

それよりも何よりも、本物のスパイって本当にスパイ小説みたいな事やってるんだ!!と改めて確認する機会となった。今もやってるんだろうか・・・やってるんだろうな。特にKGBなんて時々ニュースにも出てくるもんね。当時のモサドでいえば

イラクの原子炉襲撃とか
ナチの生き残りやミュンヘンオリンピックイスラエル選手団虐殺関係者を次々に暗殺するヒットチームとか
ユダヤ人大虐殺の張本人アイヒマンの誘拐とか
カバー(他人になりすます)としてシリアに潜入し、次期シリアの国務大臣か?と噂されるほど中枢部に入り込みうまく諜報活動をしていたにもかかわらず、ある日逮捕され、手ひどい拷問の上に処刑されたモサドメンバーとか
みな現実の話なわけだ。

う~ん、やっぱりスパイって過酷というか壮絶というか非情というか、何でわざわざ好んでスパイになる人がいるんだろうと、理解に苦しむ(;一_一)。

しかしイスラエルの考え方って結局「目には目を、歯には歯を」なのかな。この考え方ってアラブ人的思考かと思っていたけれど、実はユダヤ人的?
世界にどう思われようとも自分たちが生き残る事が大事。先手必勝、やられる前にやってやる!!って、かなり自己中心的な考え方のような気もするけれど、何度も不幸な歴史を繰り返してきたユダヤ人には仕方がない事なのだろうか・・・。
ユダヤ人と日本人ってある意味似ているかも?と思っていたけれど、これ読んで全然違うと認識したのである。今の日本人ってやっぱりかなり平和な生活送っているんだよね。

しかし読みながら不思議に思った事・・・インタビューで語っている内容は既にモサドの仕業であると公になっている事柄ばかりなので機密保持の必要性はないんだろうけれど、何で日本人の一ジャーナリストに対して、彼らがここまで詳しくモサドの内情を話す必要があるんだ?って事。現役を退いてもまがりなりにもモサドの長官までやっていた人が、無関係な日本人にここまで話す義理はないだろう。
こんなインタビューできるなんてどういった経歴の持ち主か気になって落合信彦を検索してみると、Wikipediaに「海外未翻訳の記事や単行本から盗作しているのでは?」という盗作疑惑が載っていた。この件に関しては裁判まで起こして、結局は和解したみたいだけれど真相やいかに?
この本読むと疑いたい気持ちはよく理解できる(^_^;)。でも本当にインタビューしているんだとしたら、落合信彦ってすごいコネクション持っているのね。

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2008年11月16日 (日)

ケネディ家の悪夢

ブックオフ100円コーナで見つけた「ケネディ家の悪夢」を読む。

関係ないけど、やっぱり私はブックオフの100円コーナーが好きだ
どんなに家の近くに図書館があろうと、借りて返す、しかも期限付きといった図書館のシステムが私には超面倒。それに私の本の選択基準は題名。興味をそそられる題名か否かが重要で、作家が誰だろうと関係ないのだ。たまに同じ作家の本を立て続けに読む事もあるけれど、それはマレ。というか、ドキュメンタリー系が好みなので小説にはほとんど無縁の今日この頃・・・なので最新作の必要は全くないから滅多に定価では購入しない。100円コーナーで十分古本の中には結構いろいろおもしろそ~な本があるのよね。

さて「ケネディ家の悪夢」。昔TVでケネディ家の真実だったかな?そんな番組を見た記憶があるけれど、この本読んでホント、実際ひどい一族だなこりゃ、という感を強くした。常々、特権階級のお金持ちほど汚いこともたくさんやっているし、生活も乱れまくっていると思っていたけれど、ケネディ家ってその最たるものといってもいいかも。
庶民には見えてこない政治の暗部(マフィアとのかかわりとか)は別にしても、麻薬中毒だの強姦事件だの死亡事故だのを起こし続けていたケネディ家の人たちを、ある意味ずっと特別扱いしていたアメリカ人っていったい何?って思ってしまう。
もしケネディ.Jrが飛行機事故で死亡していなければ、今頃は政界にいて大統領選挙なんかにも出ていたかもしれず・・・う~ん、宣伝に踊らされて一定の人物に心をつかまれちゃう大衆心理ってやっぱり怖いよな。
二世議員が台頭する日本の政治家ってどうよ?って思っていたけれど、これ読んで、アメリカの政治家もどうよ?って感じかな。

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2008年10月21日 (火)

マリー・アントワネットとマリア・テレジア 秘密の往復書簡

Cakchijc 「マリー・アントワネットとマリア・テレジア秘密の往復書簡」・・・この本は王妃マリー・アントワネットがフランスに嫁いだ1770年から、その母であるオーストリアの女帝マリア・テレジアが死亡する1780年までの長きに渡り、二人の間で月1~2回まめにかわされていた手紙の記録だ。しかも公式な手紙ではなく、母子間のかなりプライベートな私信。なんだかここまで私信が公にされちゃうなんて、ちょっと気の毒な気がしなくもない。
マリア・テレジアは手紙の中で10年間に渡りひたすら娘に王妃としての義務を教え、その行いを諫めている。例えば
「その軽率さはいずれおのずと止むことでしょうが、ひょっとするとその時はもう手遅れで、あなたの幸せと名誉はそれまでに失われてしまっているかもしれません。」
まさしく的を得た助言を数々与えているわけだけれど、興味ない話は右から左に抜けていくマリー・アントワネットには、結局のところ何を言っても無駄だったわけよね。マリア・テレジアもご苦労な事で・・・って感じだけれど、そんな娘に育てた母親の責任も無きにしもあらず。子だくさんのマリア・テレジアにはもう一人、不肖の娘もいたみたいだし、やっぱり子育てって難しいものなのね。
一方マリー・アントワネットの手紙といえば、本音を書いていないところが見え見え。いー子ぶってるっていうんでしょうか、取り繕っているというんでしょうか。まあ毎度毎度お説教されていたらそうなっちゃうのもわからなくはないけどネ。母親はそれがわかっているからさらにお説教するわけで・・・エンドレス?
でもフランス革命期に、もしマリア・テレジアが健在でこの手紙のやり取りが続いていたならば、マリー・アントワネットは母親にどんな手紙をかいただろうかとちょっと考えちゃった。母親の助言を無視してきた自分の行いを悔いたか・・・でもな~、マリー・アントワネットが義妹に残した最期の手紙に「お兄様と同じく罪のない私は、、、」と書いてあるあたり、自分にはまったく否がないと思っているかもしれず、結局は最期まで母親の助言の意味は理解できていなかったのかも。
つくづく思うけど、マリー・アントワネットって完璧B型な気がする~。

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