中欧5カ国周遊旅行

2011年10月 4日 (火)

カタール航空

今回のツアーはカタール航空利用。下の写真はドーハの空港。
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行き:成田→関空(機内待機1時間)→ドーハ(トランジット4時間)→ベルリン
帰り:ウィーン→ドーハ(トランジット5時間45分)→関空(トランジット1時間)→成田

200エミレーツ航空とどっちがいいかな?と比較したかったので、一度は乗ってみたかったカタール航空。なのでドーハでの長時間に及ぶトランジットは仕方があるまい。エミレーツ航空でもドバイで長~く待たされたしね。でも~、関空経由するなら羽田から出発して欲しかった(-_-)。エミレーツは羽田からだったもんな~。

カタール航空は5つ星サービスの航空会社と言われているけれど、エコノミー席では別段普通のサービスだったので、どこが5つ星なんだろうって感じ。最近の飛行機はメジャーな航空会社ならパーソナルモニターはたいてい付いているし、食事サービスも特筆すべき事はなかったけどな。でも機内食は結構おいしかった。それに成田→関空間でも機内食が出るあたりはすごいかも?行き、帰りとも機内食は計5回。ちなみに写真は行きに出た機内食。イスラム圏の飛行機に乗ると、アルコールサービスある航空会社といえどもなんだかアルコールを頼みにくにのは気のせいだろうか(^_^;)。

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ドーハの空港は最近リニューアルされたそうだけれど、トランジットの建物はこれまで使われていた空港をそのまま利用しているのか??リニューアルにしては特に新しさは感じず、免税店が一つとカフェが数個、モスクと、足を伸ばせて寝れる小さな休憩室もあるけれど、ドバイの空港に比較すると手狭な感じだった。もっともドーハの空港は到着・トランジット・エグゼクテイブでそれぞれ建物が別れているので、エグゼクティブクラスの建物内はきっと豪勢なんだろうけどね。

208飛行機降りたらバスで移動のドーハ空港。降り場を間違えないように建物ごとに航空券がそれぞれ色分けされていて、トランジット組は黄色。これ、黄色の表示がある建物で降りろって事なのだ。青がドーハで降りる人、紫がエグゼクティブ。

2階からドーハの免税店の写真撮っていたら警備員に注意されちゃった。なんで免税店の写真撮っちゃいけないんだろう?
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ドーハの空港ロビーはこんな感じ。ipad持参したらインターネットが使えた。
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209_2ドーハの空港ではトランジットが5時間以上ある場合は、空港内のカフェで食事サービスが受けられるのだけれど、そのクーポンをもらう場所が左の写真のようなカフェの片隅(場所は変動あり)。こんなところでクーポン配っているなんて普通気づかないよね。カフェの人がめぼしい人に声かけて誘導してくれたりもするんだけれど、そんなサービスがある事は知らなきゃ知らないで終わっちゃいそう。

211機内食でかなりお腹いっぱいになっていたにも関わらず、帰りに食べたカフェのカレーはなかなかおいしかった。ライスはいらないと言ったら、代わりにポテトとパンをのせてくれちゃって、久々のフライドポテトがおいしくて全量摂取してしまった(^_^;)。太る~。

しかし今回の飛行でまた外部被ばく量が増えた(><)。
でもユナイテッドプラスでマイレージを貯めている私。ユナイテッドプラスだとカタール航空のマイルはチケットの種類に関係なく100%貯めてくれるので、おかげで1万6千マイルぐらいついたので、これでアジアの無料航空券がゲットできそう!(^^)!

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2011年10月 3日 (月)

ブダペスト半日観光

130_2日本語の超うまい現地ガイドさんに引き連れられ(でも教師みたいでちょっとうるさいけれど^^;)、ドナウの真珠と呼ばれる美しい都市ブダペストの半日観光へ。
まずはドナウ川をはさんで西に位置するブダ地区の王宮の丘へ。

ブダペストの王宮は14世紀に完成し、その後バロック様式に改築され700年に渡りハンガリー王国の居城として使用されていたそうな。でも中には入っていないのでちょっと印象薄(^_^;)。

歴代ハンガリー王の戴冠式が行われたブダの主教会、マチューシュ教会。ここではもちろんオーストリア・ハンガリー二重帝国誕生の折、フランツー・ヨーゼフ、そして妃のエリザベートの戴冠式も行われた。この聖マチューシュ教会は一時期トルコ軍によってモスクにも改葬されていた事もあるとかで、内部にはその名残がちょっとばかり。以外とモスクにも使われていた教会ってあるのよね。宗教違うのにそういう事は気にしないって、なんだか不思議。

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マチューシュ教会の横に位置する漁夫の砦(城壁)から見るドナウ川とペスト地区の羨望はなかなか美しい。特に国会議事堂。国会議事堂の中もすごく豪華らしいので見学したかったな。
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ブダ地区からくさり橋を渡ってペスト地区へ。このくさり橋の正式名はセーチェーニ橋。1849年に建造されたもので、夜にはとってもきれいにライトアップされる。くさり橋のお隣にある橋はエリザベート橋。昔はフランツヨーゼフ橋もあったそうだけれど、再建と共に違う名に代わったそうな。エリザベートはハンガリー国民に愛されたいたので、エリザベートの名はそのまま残されているとか。

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ペスト地区では聖イシュトヴァーン大聖堂を見学。現地ガイドさん、本当はここの観光は入っていないけれど特別に行きます!と、やたら恩着せがましく言っていたけれど(^_^;)、普通行くだろう・・・っていうかそんなに恩着せがましく言うぐらいなら、その後に行くお土産屋の時間短くすれば~って思っちゃった。だって現地ガイドさん、お土産物屋では販売店員より熱心にみんなにお土産の購入を進めていて、どっちが本業?って感じだったんだもん。
聖イシュトヴァーン大聖堂はハブダベストでは一番、ハンガリー国内でも二番目に大きな教会。この教会には1000年前のハンガリー初代国王の聖イシュトヴァーン大王の右手が安置されているという事だったけれど、残念ながらミサ中?とかで安置されているお部屋には入る事ができなかったよ。
いずれにしてもブダペストはもう一回ぐらいフリーでゆっくり訪れたいなって感じ。

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2011年10月 2日 (日)

プラチスラバ

やはり世界遺産の一つだけれど、映画のセットみたいなハリボテのような建物の景観のテルチ(ここもチェコです)を自由散策した後は、スロバキアのプラチスラバへ。写真はテルチの街並み⇓

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プラチスラバ・・・これまで聞いた事もない名前だったけれど、ここはドナウ川に面したスロバキアの首都で、位置的にはハンガリーにもオーストリアにも隣接している場所にある。とはいえ、あまり見どころのなさそうな首都だった(^_^;)。

こちらは高台に建つプラチスラバ城。4隅に塔が建っており別名「ひっくり返したテーブル」とも言われているらしい。マリア・テレジアの居城になった事もあるお城だけれど、内部には入らず外観のみ見学。マリア・テレジアはここにいつ居城していたのかしらん?マリア・テレジアが住んでいたなら中も見たかったけれど、中って見れるのかしらん?不明のまま観光終了。下の写真がプラチスラバ城⇓

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119_3こちらはフラヴネー広場周辺。ナポレオンの銅像とか下水道の掃除人の彫像とかが有名・・・というか、ガイドブックに載っているらしい(^_^;)。チェコもスロバキアも何も下調べをしていない私なのであった。ガイドブックに載っているならと一応写真に収めておく。



下の写真、左は彫像、右は大道芸人。

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1時間半程度の短いスロバキア観光を終えた後はウィーンへ。

ウィーンではまずベルヴェデーレ宮殿の外観のみ観光し、その後シェーンブル宮殿へ。シェーンブル宮殿は久しぶりに来たけれど、なんだか城内観光箇所が減った気がするのは気のせい??以前来た時にはエリザベートがダイエット体操で使ったつり具とかも見たような気がするんだけれど、今回はそんなものは無かった。

今回の収穫は、21才の若さで亡くなったナポレオンの息子ライヒシュタット公関連の展示。彼の母であるマリー・ルイーズはハプスブルク家の皇女(マリー・アントワネットは大叔母にあたるんだっけかな)。マリー・ルイーズは父であるオーストリア皇帝フランツ一世の命により望まぬナポレオンと結婚する事に。しかし優しく接してくれるナポレオンに次第に心を開き、二人の間にローマ王(ライヒシュタット公)が生まれる。そんな幸せもつかの間、ナポレオンは幽閉され、マリー・ルイーゼは新たな自分の恋を見つけ、ナポレオンや息子よりそちらの生活を優先するようになってしまった。その間にナポレオンはセントヘレナで死去。ローマ王は監禁同様の状態で母の実家のシェーンブル宮殿で寂しい日々を過ごしていた。母の訪れを楽しみにしていたローマ王。でも再三約束を破ってシェーンブル宮殿に足を運ぶ事のなかったマリー・ルイーズ。結局21歳になったライヒシュタット公の元を訪れたのは、ライヒシュタット公が肺炎で病床についていた死ぬ間近の時だった。
シェーンブル宮殿内は写真が撮れないので残念。

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2011年10月 1日 (土)

チェスキー・クロムロフ

103_2ヴルダヴァ川(モルダウ川)の蛇行地帯に位置するチェスキー・クロムロフは人口1万5千人程度の小さな町。丘の上に要塞のように建つお城や聖ヴィート教会が目につくこの街は、中世から戦略的にはあまり重要な場所ではなかったため、今でも当時の姿を残していて、こちらもやはり世界遺産になっている。
ちなみにこの街、チェコにあります。

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私には興味の範疇外だったので、ここに来るまで全くこの街については知らなかったのだけれど(^_^;)、今回のツアー、この街に1泊するという理由で選んだ人も多い様子。観光では訪れてもここに1泊するツアーはそんなにないらしいのだ。
なるほど、一応名の知れた街なのね。

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109_2街中は、なんだか一昨年泊まったモンサンミッシェル島内に雰囲気似ている感じ。狭い道とか夜の閑散とした雰囲気とかね。基本、私は街の景観にはあまり興味ないのだ(笑)。そりゃ情緒があったり古い街並みが残っていたらそれにこした事はないけれど、その場所の歴史に興味がない限りは街の景観は私の旅の目的としてはど~でもいい部類なんだな(^_^;)。という事で、大した思い入れもなくこの街で過ごしていたのであ~る。
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左の写真はお城の塔、右の写真は熊。何故にここに熊が??って感じなのだけれど、熊は昔から城の守り役だったっけな?そんな存在だったそうな。という事で今でもちゃんと熊を飼っているのだ。3頭見かけた。


111でも1泊しただけあってフリー散策の時間も十分にあったので、朝晩でくまなく・・・とはいかないまでも結構街中散策して、チェスキー・クロムロフは堪能できた。お城が丘の上にあるので、ちょっとしたプチハイキングもしちゃったしね。
でも小さなお土産屋さんもちょこちょこあって、やっぱり観光地だな。そしてこんな場所でも中国人観光客がたくさん。朝散歩していてすれ違うのは中国人ばかり(@_@)。ホントにどこでもいる中国人。でもここ訪れている中国人は若い子が多かったな。


そして、チェコといえば人形劇。観光地には必ず操り人形が売られているのだ。

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チェスキー・クロムロフで泊まったホテルは街の広場に面するオールドイン。お部屋はペンション風でそこそこかわいかったし、思ったより広々していた。街中にはペンションやプチホテルとかそんな類の宿泊所も結構見かけたから、宿泊施設はそれなりにあるんじゃないかな。

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106ツアーについているホテルでの夕食を食べた後は、ツアーのお仲間5人と飲みに出かける。夕食は生演奏付き。本場で聞く「モルダウの流れ」はなかなかい~ね~。中学生の時に合唱コンクールで歌ったこの曲、結構好きな曲なのよね(^^)。
チェスキー・クロムロフでは1時ぐらいまでお店は余裕で開いていると添乗員は言っていたのに、21時頃には既に閑散としている街中(^_^;)。という事で、1件目に入ったお店は既に閉店準備にかかっていたのか?女バーテンダーの機嫌がめちゃ悪くて舌うちまでされる始末。こっわ~。人種差別かしら。でもめげずにビール飲んだけどね。


107後味が悪いので、気を取り直してもう1件はしごしたカクテルバーは雰囲気の良いお店だった。雰囲気良いのでここでカクテル2杯(^_^;)、日本で1杯分があちらでは2杯飲めるお値段だったかな。


チェスキー・クロムロフの夜景はこちら⇓

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2011年9月27日 (火)

プラハ

市内中心部をヴルダヴァ川(モルダウ川)が流れるチェコ共和国の首都プラハ。
ヴルダヴァ川に架かる橋の中で観光客に一番有名なゴシック様式のカレル橋は、ヨーロッパに現存する最古の石橋で、完成は1400年。観光客が行き交い、橋の上では大道芸人や露天のお土産屋が店を開き賑やかだ。

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川の西側に位置するプラハ城は、かつてボヘミア国王や神聖ローマ皇帝の居城だった。城内にあるゴシック建築の聖ヴィート大聖堂は見上げる感じの荘厳さ。
右の写真は正面から、左の写真は横から見た聖ヴィート大聖堂。

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プラハ城を再建したマリアテレジアは、プラハ城内に女学校を建てた。マリア・テレジアの名が刻まれたその建物が現在も残っている⇓
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川の東側に位置する旧市街広場に行くと、旧市庁舎の天文時計が現れる。この天文時計、実は600年前に作られたからくり時計なのだ。からくり時計が動く時間になると、どこからわき出たの?って感じに観光客がわんさかと集まってくる。自分もその一人 なんだけどね^^;。
でも~、からくり時計が動き出したと思ったらものの数分、これで終わりかい!!って感じにあっけなく終了(@_@)。
600年前にこんな技術があったと思えばすごいんでしょうが・・・それにしてもこの集客力と見ごたえのギャップには驚いた(笑)。

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ちょうど私達が訪れた時、この旧市街広場でアイスホッケー選手3人の追悼式典が開かれていた。そういえば出発前にソ連の飛行機が墜落し、乗客だったアイスホッケーの選手が何人か亡くなったというニュースを見た記憶があるけれど、チェコの選手も乗っていたんだ。
79ガイドさんが言うには、この追悼式に参加しない人は非国民扱い並みに報道されているらしい。アイスホッケーはチェコ人には大人気なのね。関係ないながら、主要選手が事故で亡くなるのって残念な事だなと思った。
ロウソクを燈して追悼するのが欧州のしきたりかな。広場には多くのロウソクが燈されていた。

ところでプラハの印象はというと、普通に栄えているじゃん♪って感じ。貧しさとかは全然感じない。スロバキアとは早く手を切りたがっていたという事なので、チェコって経済的には比較的恵まれている国なんだろうな。私的には近代のチェコは激動の国というイメージがあったけれど、今は住みやすそうだなぁ~。
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とはいえチェコにはやはり激動の時代があったのだ。今回はそういったところを見ていないだけで、ホテルに置いてある観光パンフレットを見ると、悲しい歴史の場所がいろいろ紹介されていた。

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2011年9月26日 (月)

東ドイツ

今回の旅はベルリンからスタート。
一度ベルリンの壁は見ておきたかったのよね。

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そもそも東に位置するベルリン。ドイツが東西に分断された時、ベルリン全体が東ドイツ領になってもおかしくなかったのだけれど、ベルリンもまた東西に分断されてしまったため、東ドイツの中にポツリと取り残された形となった西ベルリン。とはいえ、当時の西ベルリンは西ドイツ領ではなく、米・英・仏の信託統治領だったのだ。分断当初は東西ベルリンの行き来は自由。でも東の市民の多くが西に流出したため、それを防ぐ目的に建てられたのがベルリンの壁だ。その壁が多くの悲劇を生んだのは有名な話で、日本と同じ敗戦国のドイツがたどった悲しい歴史の一部だ。

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一部残されたベルリンの壁を見ると、思ったより薄くて低い壁。この壁が越えに越えられぬ壁だったとは到底思えない感じなのだけれどね・・・。
ここは欧州の人達にとっては特に身近な出来事。
各国の観光客がひっきりなしに訪れていた。

そして有名なブランデンブルク門はこちら⇓
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私の中ではブランデンブルク門=東ドイツのイメージかな。
現在のベルリン市内はドイツというよりはプチパリといった印象。ブランド街やひっきりに無しに行き交う二階建ての観光バス。壁が取り払われた今は開放的な雰囲気だ。

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私が東ドイツで一番印象に残った都市はポツダム。
訪れたのはポツダム会談が行われたベルリン郊外のツェツィーリエンホーフ宮殿。
今ではホテルとしても使われており、お花がきれいに咲いている。

67ここで1945年7月17日~8月2日、米国のトルーマンと英国のチャーチル(途中で選挙に敗れアトリーと交代)、そしてソビエトのスターリンらが集い、第二次世界大戦の戦後処理と日本の終戦について話し合いが行われた。
この会議場を見学。
彼らが座った席もそのまま残されている。あの邪悪なスターリンが座った席はここかと、なんだか怒りがこみ上げる感じ。それぞれの国旗の前に腰掛けていたらしい。
この会議中に日本への原爆投下の準備が完了したという報告がトルーマンにもたらされたそうな。
東ドイツ出身のガイドさんいわく
「ドイツにとっても、日本にとってもここは悲しい場所。」
69*写真券を買わなかったので写真無し。なので上の会議場の写真はここで購入した絵葉書から拝借。

ところでこの東ドイツ出身のガイドさん。女のガイドさんだったんだけれど、軍人のようにがっしりした体格の、これぞまさしくドイツ人!!って感じのかっこいい女性だった。日本語もうまかったので、ホントは東ドイツ時代の事をいろいろ聞いてみたかったのだけれど、ドイツだけの現地ガイド。そんな時間はないままお別れしてしまったのが残念。壁があった時と今の風景の違いを感慨深げに語っていたけれどね。社会主義体制とかソビエトとの関係とか国民は実際どう思っていたのか聞きたかったな。最初から東ドイツに生まれたから、こんなもんだという感じで別に不自由は感じていなかったみたいな話はしていたけれどね。

こちらはプロイセン王国のフリードリヒ二世が建てた夏の離宮サンスーシ宮殿。
東ドイツにはなんだか似合わないロココ風。中には入らずお庭の散策のみ。
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そして東ドイツの最後はエルベ川沿いに開けたドレスデンへ。
かつてのザクセン王国の首都であり、第二次世界大戦では爆撃により市内中心部はほぼ灰燼に帰した都市。再建された建物は重々しく壮大。
結構ポツダムの建築物好きかも、私。
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エルベ川に沿ったアウグスト通り沿いの外壁に、ほぼオリジナルの状態で現存している歴代君主たちを描いたおおよそ100メートルにわたるマイセンの壁画はここの見どころらしい。

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2011年9月25日 (日)

ホラシュヴィッツェのビール

52_7今回の中欧5カ国巡りのツアーで訪れたドイツ、チェコはビールの本場
福島原発の事故以後、麦の放射能汚染が気になりビールを控えていた私は、ここぞとばかりに飲んでしまった。
とはいえ今回訪れた中欧地域はチェルノブイリの影響を強く受けているので、地域によって大小の差はあれどまだまだ汚染は残っているはず。なのでまるっきり安心して飲んでいたわけでもないんだな。う~ん、余計な知識がついてしまっただけに、海外旅行に行ったら行ったでまた違う汚染が気になるって悲しい現実だ~。これまでは知らぬが花でおいしく飲み食いしていたのに~

ベルリンではヴァイツェンビール、プラハでは黒ビール。ヴァイツェンビールは南ドイツの方が主のような気もするけれど?ヴァイツェンは一番好きなビールなので久しぶりに飲んでおいしかった!(^^)!。

54_2チェコのビールは私的にはちょっと癖のある味かなっていう印象。
でも安いのだ。
ドイツもビールは安かったけれど、チェコはもっと安い!一番安く飲めたのは、こんな村でも世界遺産になっちゃうの??って感じのチェコ南部の小さな村、ホラシュヴィッツェにあるカフェで飲んだビール。
1杯0.8ユーロ。
ミネラルウォーターなんて飲んでられませんって感じの安さなんだよね(笑)。
コーヒー飲むより安いし。ただ~し気にしなければならないのがトイレ。バス移動がメインのツアーだと、次の移動時間考えて飲まないとえらいことになってしまうので、大を頼みたいところ、小で我慢しなければいけないのであった。

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ホラシュヴィッツェはボヘミアの典型的な村で人口は120人位だとか。お嫁さんに来てもらうためにかわいい街造りにしたというけれど、それだけじゃお嫁さんこないでしょって感じ。ここで1時間のフリー散策があったのだけれど、これといってな~んにも見るものもなかったので(^_^;)、陸上競技のトラックを走るように村をぐるっと一周した後は、カフェに入ってビールを飲んで時間つぶし(^_^;)。さすがに田舎町だけに物価は安いといったところかな。
上の写真左はカフェの中の風景、そして右の写真は村にある唯一の小さな黄色い教会。下の写真はホラシュヴィッツェの街並みとカフェの女の子。この村で同年代の遊び相手はいるのかな??

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2011年9月24日 (土)

トカイワイン

ハンガリーといえばトカイワイン。トカイワインは世界三大貴腐ワインの一つに数えられている。貴腐ワインとは、霧による湿気で菌(カビ)に感染した白ブドウが原料の、糖度が高まった極甘口のワインの事。
ハンガリーに来たなら絶対にトカイワインは飲まなくちゃね♪って事で、ブダベストに夜遅くに到着したにも関わらず、ツアーのお仲間4人と共に夕食後の21時過ぎ、夜景がきれいに見えるドナウ川沿いにあるマリオットホテルのテラスバーへ、トカイワインと夜景を味わいにタクシーで繰り出す。

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ホント、夜景がきれい(^^)。トカイワインもおいしい(^^)。
昔、まだワインにあまりなじみの無かった頃に一度トカイワインは飲んだ事があるけれど、その時の印象は「うぇ~、薬みたいな味のワイン」。
それがワインを飲み慣れてきた今では(笑)、「あっま~い。梅酒みたい♪」。
トカイワインを味わいつつ、年と共に味覚もずいぶん変化してきたものだな~と、妙な感慨に浸ってしまった。

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お会計は、つまみ無しの0.5Lのトカイワインを1本飲んだだけで8,100フォリント(3000円ぐらい)。ハンガリーの物価を考えるとかなりお高めだな。まあ場所代と観光地価格って事でしゃ~ないか。でもでも、有名なくさり橋をはじめとしたブダベストの夜景がゆっくり見れて大満足。

41_2帰りは私の提案で(^_^;)、地下鉄を利用しホテルまでもどる事に。終電間際だったけれど、大学院生の男の子をボディーガードに連れて来たし(笑)、4人だから大丈夫でしょっていう安易な判断。何事もなく帰れてよかった。何かあったらえらいこっちゃ。でも終電間際でも地元の女の子達が結構乗っていたから、ブダベストの地下鉄はそんなに危険でもないのかな??

43さて翌日、宿泊ホテルの近くのスーパーでトカイワインの値段をチェックすると、1900フォリントという安価で売ってるじゃ~あ~りませんか(^_^;)。お店や糖分含有量、年代によってトカイワインの値段はピンキリみたいなんだけれど、マリオットホテルで飲んだトカイワインはどの種類だったんだろう?と、帰国後写真で確認すると、「Tokaji Aszú puttonyos3」の表示(puttonyosは3~6のレベルで表示され糖分含有量が高くなるほど数値は大きくなり値段も高くなる)。で、家で飲もうとスーパでお土産に買ったてきたお安いトカイワインを確認すると、年代もいっしょの同じく「Tokaji Aszú puttonyos3」だった。なんだ、同じものじゃん(^_^;)。とはいえ同じ品が途中のガソリンスタンドでは3,990フォリントで売っていたので、定価はあってないようなものなんだろう。やっぱりどこの国でもスーパーで買うのが一番お安いのであった。

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2011年9月23日 (金)

ゲデレー宮殿(グドュルー宮殿)

9/9~17まで、中欧5カ国巡りのツアーに一人参加。ツアー行程中は他の一人参加の人たちと適当に楽しく過ごしていたのだけれど、唯一貴重なブダベストでの半日フリータイムは、事前計画通り、一人でゲデレー宮殿を訪れる。
ハンガリー好きのエリザベートが好んで訪れたというブダベスト郊外にあるゲデレー宮殿。海外で一人で郊外まで出かけるのは初めての経験なのでちょっとドキドキとにかく暗くなる前までに帰ってこなくっちゃね。

12時過ぎ、聖イシュトヴァーン大聖堂でツアーは解散したので、そこから地図を見ながら地下鉄Deák Ferenc tér駅へと向かう。ハンガリーの地下鉄乗り場はわかりにくいと聞いていたけれど、確かにちょっとわかりにくい。地下鉄3路線が唯一接続しているブダベストの中心部Deák Ferenc tér駅の入り口もこんな感じで建物に同化していて目立たない⇓

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1_2そしてブダベストの地下鉄の悪名高き?検札&交通警察。トラブルと怖いので、リスクを回避するためにちょっとムダになるかもしれないけれど、朝、ホテルから一番近い地下鉄駅で地下鉄&路面電車&バス併用可の市内一日乗車券を事前に購入しておいた私。これがあれば何も気にする事なく地下鉄に乗れるもんね。
地下鉄2号線はかなり深くまでもぐっているので、ホームに続くエスカレータは長くて高速。地下鉄自体は普通で、約10分程度で地下鉄2号線の終点、Ors Vezer tere駅に到着する。
そのまま人の流れに沿って地下鉄の改札を抜け、地下道を通って外に出ると、目の前に郊外電車(HEV)のOrs Vezer tere駅が現れる。駅といってもすぐ近くに路面電車も走っていて、コレ路面電車の駅??と間違えそうなぐらいこじんまりとした駅なんだけれどね(^_^;)⇓



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駅前の切符売り場で⇓、HEVのGodollo, Szabadsag ter駅までの往復切符を購入。切符購入時に行き先書いたメモといっしょに(駅名発音できない)市内1日乗車券を見せたところ、多少値段が引かれ運賃は730フォリント(300円ぐらい)。

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2_2HEVのGodollo線、途中で行き先が二股に分かれていてるので「Godollo」行きである事を確認し乗車。念のため一応隣に座っていたおばさんにも確認してしまった(^_^;)。HEVは地下鉄と違って事前検印の必要はないので電車が来たらそのまま乗車してOK。行きは発車と同時に一回だけ検札のおばさんが回ってきたけれど、帰りのHEVでは検札なし。捕まった時が大変だけれど無賃乗車できちゃいそうだ(^_^;)。
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車内&車窓はローカル色満載。観光客と思われる人は多分いなかったような??地元の学生が多かったな。
何があるのかわからない途中駅でかなり人が降りたので、Godollo, Szabadsag ter駅に着くころにはスキスキ状態の車内。座席は布張り。座り心地はそんなによくなかったけどネ。
Ors Vezer tere駅からGodollo, Szabadsag ter駅までは約45分、17個目の駅だ。駅名の見えるところで停車するとも限らず、ハンガリー政府観光局のHPから時刻表打ち出してきたのは正解。
こじんまりしたGodollo, Szabadsag ter駅はこんな感じ⇓
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4ゲデレー宮殿は電車を降りて右方向に歩けば駅から徒歩5分の距離。でも間違えて反対の左方向に行ってしまった私(^_^;)。途中、スーパやパン屋、市場、公園などがあったのでちょっとだけチラ見したけれどね。駅周辺にしかお店は無さそうな田舎町って感じかな。おいしそうだったので帰る前にここのパン屋さんでピザパンを購入する。大きなピザパン1個250フォリント(100円ぐらい)。安いな。

宮殿らしき建物が見当たらないので、公園のベンチでくつろいでいたおばあさんにゲデレー宮殿への行き方を尋ねると、わざわざ立ち上がって途中まで案内してくれた。親切だ~。でもこんなところでも迷う私ってホント方向音痴。

ゲデレー宮殿はとってもこじんまりとした宮殿だ⇓
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元々はハンガリーのグラシャルコヴィチ伯爵の宮殿で、このグラシャルコヴィチ伯爵は、オーストリア継承戦争の際にマリア・テレジアを支援した人でもある。そういった関係もありマリア・テレジアがこのゲデレー宮殿を訪れた事もあるのだ。その際滞在した部屋は「マリアテレジアの間」として復元されていて、若かりし日のマリアテレジアの大きな肖像が展示されていた。

6その後、宮殿の持ち主は何度か代わり、ハンガリー政府のものになる。そしてハプスブルグ皇帝フランツ・ヨーゼフ、皇妃エリザベートがハンガリー国王・王妃に即位した記念に、ハンガリー政府からこのゲデレー宮殿が二人に送られた。二人はこの宮殿を大変気に入り、ハンガリーに来るとよく滞在していたらしい。という事でここでは復元されたフランツ・ヨーゼフとエリザベートの部屋を見る事ができるのだ。
14個人的にはエリザベートの好きだったというバイオレットの部屋が印象的。(写真禁止なので内部写真はゲデレー宮殿HP参照

しかしせっかく団体客が来る前の静かなお部屋を一人占めしていたのに(何部屋かに監視員はいたけれど)、部屋の用途がよくわからないのが残念。語学の苦手な私、部屋や絵画、写真の日本語の詳しい説明書きor音声ガイドが欲しかったよ~(T_T)。でも二周してゆっくり観覧。

宮殿の大きさに比較するとすごく広大なお庭。相当元気で時間に余裕がないと全部は回り切れないし、炎天下の中急ぎ足で庭歩いてもしょうがないので、エリザベートの銅像が立つ少し先まで歩きUターン。

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下調べした際、庭に出ると修復前の建物の外見も見る事ができると書いてあったのだけれど、やっと修復を開始したのか?それと思われる片翼の建物の外壁には一面にシートが張り巡らされていて見る事ができなかった。この宮殿、近年ではナチスやソ連軍の病院として使われていたためかなり荒廃していたらしいんだけれどね。

11最後はゲデレー宮殿のカフェでお庭を見ながらケーキとお茶。
想像していたほどおしゃれなカフェではなく、美術館にある普通の喫茶店のような雰囲気。ザッハトルテとカフェラテを頼んで900フォリント(400~500円ぐらい)。お味は普通(^_^;)。やっぱりケーキは日本で食べた方が数倍おいしいなぁ。外国のケーキってなんか大味なんだよね。
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Caeliw6j_3カフェでお茶した後はゲデレー宮殿内のギフトショップでエリザベートのあの有名な髪飾りデザインの携帯ストラップを購入。シェーンブルク宮殿でも似たようなものが大量に売られていてもっと安かったような気もするけれど、物が違うのかな??こっちはちゃんとガラスケースに展示されていたし(^_^;)。まっ、いっか。ハンガリー通貨のフォリントも余っていたしね。ゲデレー宮殿で買った事に意義があるのだ(笑)。

帰りは来た道を逆戻り。下はHEVとの乗り継ぎの地下鉄Ors Vezer tere駅⇓

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予定通り17時30分にはブダベスト市内に到着できたので、くさり橋からドナウ川沿いに歩いて、午前中の半日観光ではバスで素通りした国会議事堂まで足を運び、ドナウに沈む夕日を眺める事ができた(^^)。下は美しい外観の国会議事堂⇓

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午前中の観光の時に対岸の王宮から眺めた国会議事堂の全景はこんな感じ。国会議事堂とは思えない芸術的なすばらしい建物だよね⇓

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