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2019年9月

2019年9月 5日 (木)

長崎市内旅行3日目

ホテルのエレベーターホールから眺めた朝の展望&ホテルの部屋から見えた稲佐山中腹の住宅地に伸びる階段。傾斜が急な階段だよね。

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朝風呂に入り朝食を食べた後は、ホテルの送迎バスで長崎駅へ送ってもらい、コインロッカーに荷物を預け、まずは市電で平和公園へと向かう。

今日も晴れ。日差しか突き刺さる( 一一)。また汗だくになるかと思うとちょっとうんざりなんですけど。
今回の旅行、天気予報的にこんなに晴れ間が続くとは思っていなかったので、日傘ではなく普通の雨傘をもって来ちゃったんだよね。仕方がないので雨傘さしていたんだけれど、日傘を持ってこなかったのが悔やまれる。

平和公園の平和のシンボル。他にもね、何でこの国から?っていう感じの国ばかりから送られた像がいくつか並んでいた。

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平和公園から歩いて如己堂&長崎市永井隆記念館へ。私、永井博士の事は全然知らなかったんだけれど、人間的に尊敬すべき人だったのね。

1_20190908192301 永井博士は長崎医大に進学して医師に。下宿先のカトリック教徒だった娘と結婚して自分もカトリックに改宗。日中戦争では軍医として従軍し、国籍に関係なく治療にあたる。帰還後は放射線科医として活躍。物資不足の中、結核検査の直接透視で過量に放射線を浴び、30代後半で慢性骨髄性白血病、余命3年の診断を受ける。診断を受けた2か月後、長崎に原爆が投下された。長崎医大にいた博士は猛烈な爆風で吹き飛ばされ重傷を負うも、救護活動に専念。救護活動が一段落した3日後に帰宅し、台所跡に黒い塊で残っていた骨盤と腰椎、その傍に残っていたロザリオで妻の死を確認する。その後も医療活動に専念した博士。原爆投下の翌年に病床に付して以後は、2畳一間の如己堂に移り住み、43歳で亡くなるまで平和を祈り執筆活動に専念した。「長崎の鐘」など、博士の書いた本はかなり売れたようで、その印税を長崎市に寄付したり、戦争によってすさんだ子供たちの心を少しでも豊かにしようと私財を投じて図書館を如己堂横に増築したりと、人のためにつくした。

こういった行いをできる人って、キリスト教の精神というよりは人徳なんだと思うわ。

4 如己堂から歩いて浦上天主堂へ。

 浦上のカトリック教徒は1867年に大弾圧を受け全国に流刑されるも、1873年に開放される。その後1895年から浦上天主堂の建築が開始され1925年に完成。

2_20190908192301しかし1945年、原爆投下によって天主堂は破壊され、その時崩れ落ちた北側の鐘楼が遺構として当時と同じ場所に残っている。
浦上天主堂の現在の建物は1959年に再建されたものだ。

Img_5622 浦上天主堂から原爆投下の爆心地、原子爆弾落下中心地碑へ。

いわゆる原子爆弾のグラウンドゼロだ。


1945年8月9日、11時2分
上空約500mで原子爆弾が爆発


見上げた空に、彩雲が出ていた。

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Img_5623 この場所、今では公園のような感じになっていて、原子爆弾落下中心地碑の横には、浦上天主堂の側壁の一部が移築されている。被爆当時の地層の一部を見ることができる場所もある。土の中に埋まるお皿のかけらとかね、東日本大震災の津波の跡を思い出した。

最後に長崎原爆資料館へ。
ここは重くて暗い日本の歴史。
こんな惨状を見ても尚且つ核兵器や原発を持ち続ける人類っていったい何なんだろう。
いやだいやだ。

今回失敗だったのは簡易ガイガーカウンターを持ってくるのを忘れた事。長崎市の放射線濃度も測定してみたかった。

原爆関係の観光が終了したので、市電で長崎駅に戻り、最後の観光、サント・ドミンゴ教会跡資料館へと向かう。長崎駅からは徒歩15分ぐらいかな。
ここ、17世紀~19世紀あたりの遺跡みたいなんだけれど、出土したままの状態で展示されていて、正直、なんだかよくわからない遺跡だった(^^;)。

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Img_5643長崎市内で予定していた全観光はこれにて終了。
長崎駅に戻り、駅ビルで遅い昼食をとる。サント・ドミンゴ教会跡に行く途中に何か食べるとこないかな?と思っていたのだけれど、これといったお店が無くてランチタイムは14時ぐらいになっちゃった。

Img_5645長崎最後の食事はせっかくなので皿うどんにすることに。多分長崎の皿うどんは太麺が主流?な気がするけれど、太麺の皿うどんってただの焼うどんっぽいので、細麺のあんかけの方を選択。皿うどんにはからしが欲しいところだけれど、長崎にからしの文化はないのだろうか?置いていなかった。

そしてのども乾いていたので、昼間っから生ビール(^^;)。もう汗だくだったからね、美味しかった。

17時5分発のJALで帰宅。3列3列の小さな飛行機のせいか満席で揺れた。

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2019年9月 4日 (水)

長崎市内旅行2日目

朝起きたら、長崎の五島列島に大雨警報が出ていた。雨雲レーダーを確認すると、長崎市内はうまい具合に雨雲が反れてくれて今日の降水確率は20%程度。雨は降らなそうだな。長崎はどちらかというと縦長なので、場所によって天気が大きく違うことも多い感じ。

Img_5506という事で、天気も大丈夫そうなので、今日はまずホテルから徒歩5分程度の場所にある出島を観光。

左の写真は出島の全体像を外から眺めたもの。
この出島、夜になるとライトアップされるので、昨日の帰り道にこの場所からライトアップされた出島を見たのだけれど、かなり地味なライトアップだなという印象。見学するなら昼間の方がいい気がする。

Img_5404 出島の歴史は古く、17世紀にさかのぼる。長崎の町の岬の先端に建てられた出島。鎖国時代にはヨーロッパとの唯一の貿易地でもあった出島。

この辺の歴史にはあまり興味はないのだけれど、現在見ているドラマ「イザベラ」にコロンブスが登場したりしているので、そうした西洋の歴史を経ての南蛮貿易かと、ちょっと考えるものがあったかな。

Img_5422現在の出島は、主に鎖国期の1820年ころの出島を復元したもので、全体像は扇形をしている。こちらは展示されていたミニ出島⇒

出島内をプラプラと散策。既に何があったか忘れている(^^;)。
出島で一番印象深いのは、かつてはここまで海だったていう事かな。

出島を見学後は徒歩で、坂本龍馬が中心となって組織された日本初の商社とされる亀山社中記念館へと向かう。
途中、これまた日本最古のアーチ型石橋とされる、めがね橋を経由。ただの橋なんだけれどね、一応観光スポットになっているので写真を撮ってみた。

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Img_5439 めがね橋を渡って少し進んだところに、地元の人にも人気で、早く行かないとすぐに売り切れてしまう長崎カステラという口コミ情報の「岩永梅寿幹」という和菓子屋がある。カステラ好きの私としてはそんなに美味しいなら是非食べてみたいなと思い、開店時間の10時過ぎにはこの場所を通るようにちゃんと計算をして、朝も早くから出島を観光していたというわけ。

という事で時間通りにお店に到着し、無事カステラ一本をゲットし家のお土産に。うん。美味しかった。

Img_5445 その後は中島川の寺町を進み、狭い階段が続く龍馬通りに出たらいよいよ上り階段の開始だ。亀山社中記念館って坂の中腹にあるんだよね。暑い中の階段の上りは疲れる。曇り空というのが唯一の救い。

Img_5446 階段の周囲は住宅とお墓が並んでいる。寺町なだけに地図を見るとこの一帯にはお寺が一直線上に9件も林立していて、そのせいかお墓も多いのだ。

日本最古の唐寺と書かれた興福寺というお寺が目についたので、ついでに拝観してみようかなと思ったのだけれど、拝観料を取られるのでやめた(^^;)。拝観料払ってまで見たいわけではないからね。

階段の途中には、多分坂本龍馬ファンの手作りであろうと思われる案内板がいくつか立っていた。

Img_5450 そしてやっとこさ亀山社中記念館に到着。そんなに距離があるわけでも無いんだけれど、上り嫌いの私。昨日の疲れもあって、すご~くゆっくり階段上ってたからな(^^;)。

Img_5453 この亀山社中記念館、幕末当時の空間をそのままに復元したものらしいけれど、物資の運搬や貿易の仲買をしていたにしては手狭じゃない?という印象。
龍馬が姉にあてた手紙のレプリカなんかも飾られていたけれど、坂本龍馬ってやっぱり字が下手だよね。

ここ、部屋の一部のみが写真可。

亀山山中記念館のすぐ近くには、観光客用に龍馬のブーツ像が建てられていた。このブーツに足を入れて写真を撮ってくださいって事らしい。

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Img_5461 亀山山中記念館を見学した後は、坂本龍馬の銅像のある場所を目指して再び上り。すぐ近くにあるものだと思ったら、龍馬通りを抜けて、更にそこから徒歩10分程度上った山の中にあった~。再び汗だくになる私。

龍馬の銅像がある場所からも長崎湾を一望できるんだけれど、龍馬の銅像の近く、更に高い場所に展望台があった。その展望台からは、龍馬の銅像も見渡せる。

 

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龍馬関連の見学を終え、来た道をそのまま引き返す。帰りは下りなので上りの1/5ぐらいの超短時間でめがね橋に到着する。どんだけ上りが遅かったかって事なんだけどね(^^;)。

今日のランチはめがね橋の目の前にある、めがね橋茶屋花ごさ。予約はしていないと入れないかな?と思っていたのだけれど、予約なしでも余裕で入れた。見た目も美味しそうなランチの花ごさ弁当は熱々の具雑煮もついて1100円。満足。

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Img_5499 ランチ後は商店街を通って長崎中華街へ。
ハイ?中華街ってこれだけですか??
って感じで、十字の道を行って戻って5分もたたないうちに観光は終了してしまった。これといって見るもの無いし。
ここ、今回の一番がっかり観光ポイントだな。
神戸の中華街に行った時にも、「え~、これだけ⁉」って思ったけれど、神戸よりさらに「え~、え~、こんだけ⁉」って感じだった。それ考えたら横浜中華街ってすごいのかもしれない(^^;)。

中華街の観光が一瞬で終了してしまったので、今日は予定より早めに稲佐山の中腹に建つ稲佐山温泉ホテルアマンディに向かう事に。その前に、今日の夕飯と明日の朝食をゆめタウンで調達。ホテルの周辺にお店は無いし、素泊まりで予約しているからね。

Img_5534 という事で、長崎駅からホテルの送迎バスを利用して稲佐山温泉ホテルアマンディにチェックイン。

このホテル、部屋から見える夜景が売りなんだけれど、残念ながら私の部屋はマウンテンビュー。ちょうど稲佐山の展望台を見上げる感じで景観はイマイチ、というかイマサンかな(^^;)。まっ、今回は景観より安さを選んだから仕方があるまい。景色は露天風呂やエレベーターホールや私の部屋の隣にあった外の喫煙所からも見れるのでいいやって感じ。

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Img_5515 温泉は至って普通。可もなく不可もなくっていう感じ。宿泊客対象というよりはどちらかというと地元の温泉会員をターゲットにしているといった印象かな。

Img_5517 でも~、汗だくになった後のお風呂後のビールとおつまみは美味しい♪
今日の夜はまったりと過ごし、最後にもうひと風呂浴びて就寝。


 

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2019年9月 3日 (火)

長崎市内旅行1日目

突然思い立ち、7時40分発のJALに乗って長崎一人旅に出発。
今日は機内から、関門海峡を眺めることができた♪

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Img_5207長崎を訪れるのは今回で3回目。初めての長崎旅行は福岡から雲仙&島原へ、二度目はハウステンボス&佐世保&平戸に行ったのだけれど、長崎市内にはまだ一度も足を踏み入れた事がない私。長崎の主な観光地って長崎空港を中心に放射線状に散らばっているイメージで、市内まで移動するには結構時間を要するから、今まで寄る時間が無かったんだよね。

Img_5214 という事で、今回は長崎市内のみに絞っての2泊3日の旅。

長崎空港到着は9時35分。まずはエアポートバスで大波止に向かい、本日の宿泊先のコンフォートホテル長崎に荷物を預け、長崎港~長崎出島ワーフ~大浦天主堂方面にブラブラ歩いて位置関係を確認しながらの散策。

最初の目的地、大浦天主堂近くにある明治32年創業の長崎ちゃんぽん・皿うどん発祥のお店、中華料理四海楼に到着したのは11時20分頃。すでに10名ぐらいが並んでいる。私が並んだ後も開店時間を目指してどんどん人が来るという人気店だ。

Img_5209 並んだ順に長崎湾を見渡せる眺めのいい席に案内してくれるので、一人旅の私も窓際の席に案内された。今日は四海楼の目の前にある国際ターミナルの桟橋に中国からの大型客船が停泊していたので、視界の半分はその船に遮られちゃったんだけれどね。

四海楼で食べたのは太麺の長崎ちゃんぽん1080円。普段滅多にちゃんぽんは食べないのでお味はどうなんでしょうね?私的には普通のお味だった気がするけれど(^^;)、やっぱりちゃんぽん発祥のお店で食べた事に意義があるのだ!!

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1_20190907133701 四海楼を後に、すぐ近くにある軍艦島デジタルミュージアムへと向かう。今日はこれから軍艦島コンシェルジュの船に乗って軍艦島に行く予定なので、ついでに入場料が割引になるミュージアムにも申し込んでおいたのだ。12時受付開始で、受け付け順に船へも優先乗船させてもらえるというしくみ。12時ちょっと過ぎに到着した私は4番だった。

乗船開始まで1時間近く時間があったので、その間ミュージアムの中を見学。昭和色が漂う軍艦島の生活映像や写真を見ていると、なんだか懐かしさを感じたな(^^;)。軍艦島に働きに来た人は、家族ごと移住していたので子供もたくさん住んでいたようだ。


端島、通称軍艦島は元々海に突き出た一つの岩礁だった。1810年、その岩礁から石炭が発見され、1890年、三菱の経営する炭鉱となる。岩礁の周囲は埋め立てられ一つの町が作られた。最盛期にはこの小さな軍艦島に5000人以上の人が住んでいたそうな。炭鉱は東京スカイツリーよりも深く地下に潜っての作業。危険と隣合わせの過酷な労働環境の中で働く軍艦島の人たちの給料はかなり良かったらしく、家にTVがあることがまだ珍しかった時代の軍艦島家庭のTV所持率はほぼ100%だったとか。結構暮らし向きは良かったのね。一番お給料が高かったのは島の医師。当時のお金で月150万円もらっていたそうな(@_@)。今だといくら?相当な高給取り。しかし時代の流れで1974年、軍艦島の炭鉱も廃坑になり、無人島になる。周囲にもいくつか同じような経緯をたどった島が点在しているけれど、軍艦島は2015年に世界文化遺産に登録され、観光地になったというわけ。

 

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ちょっと前まで基準値以上のアズベストが検出され、一時、上陸が禁止されていた軍艦島。ここ最近また再開されたという事で、少しの不安を感じつつツアーに申し込んだ私。ツアー代は結構お高め。でも上陸するには個人では行けないらしく、上陸ツアーに申し込む必要があるのだ。上陸ツアーを扱っている会社は5社ぐらいあるみたいね。

Img_5260途中伊王島に立ち寄って他の客を乗船させたり、軍艦島の周囲を船でぐるっと回る時間も含めて、長崎湾から軍艦島までは船で40分程度の距離。

この軍艦島上陸ツアー、波が高いと接岸できずに上陸できない場合も結構あるらしいけれど、本日は凪ですんなり問題なく上陸できた。

まあ、上陸したところで何か面白いものがあるわけでもなく、ただの廃墟といえば廃墟の軍艦島。遺構といっても遺跡のように古いものではないし、東日本大震災の津波の跡のような印象を受けなくもなかったかな。

下の写真のこの赤いレンガ。総合事務所跡だったかな?この赤いレンガが残っていたから世界文化遺産として登録できたそうな。なので倒れないように後面を半端なく頑丈に補強しているらしい。日本最古の鉄筋コンクリート建てのアパートは6畳一間。既に築100年以上が立っていて、手の施しようもなく朽ちていくのを待つしかないらしい。

今日のガイドさんは元バスガイド。元バスガイドだったので説明はすごく聞き取りやすかったんだけれど、せっかくなら実際に軍艦島に住んでいた人にガイドしてもらいたかったな。

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Img_5289 帰りの船内で売られていたガンショーくんカステラアイス。ちょうどおやつタイムだったというのもあるけれど、結構美味しかった。船の中では300円なり。ホテルでは270円で売ってたけれどね。

軍艦島ツアー終了後は徒歩15分程度の道のりをいったんホテルに戻りチェックインしてひと休憩。長崎市内は狭いので徒歩でも十分回れる感じなんだけれど、この時期は直射日光強烈な上に半端なく暑い!!流石南国は侮れない。

ひと休憩後、今回は市電に乗り石橋駅へと向かう。時刻は17時30分過ぎだけれど、日没は18時45分頃なのでまだまだ明るい中、石橋駅から徒歩で鍋冠山の展望台へ。本当は夜景が見れる時刻に行きたいところだけれど、知らない暗い道を一人で歩くのも怖いので、展望台からの夕日を見に行く事にしたのだ。

Img_5296鍋冠山展望台までの道のりの途中にグラバー園の第2ゲートがあるので、観光客に出会ってもいいはずなんだけれど、ほぼ、というか観光客らしき人には一人も出会わなかった。

石橋駅からグラバー園第2ゲートまで行くには、滅多にお目にかからない不思議な斜行エレベーターと垂直エレベーターを乗り継いで行けば、上り坂を歩くことも無く楽にグラバー園の入り口まで行けるんだけどね、このルートはあまり知られていないのかな?

やっぱり大抵の人はメジャーな第1ゲートから入場するんだろうな。第2ゲート方面は普通の住宅地と山で、観光客用のお店とかは全然無さそうだもんね。

Img_5320この斜行エレベーターと垂直エレベーターは坂の町長崎ならではといった感じの施設。長崎市内の一軒家は斜面を利用して階段状に所狭しと建っているから、このエレベーターはそこに住む人たちの重要な足なわけで、普通に地元の人たちが利用していた。

反対に、こんな便利な乗り物がない斜面に住む人たちは、毎日長い階段を昇り降りしているわけで、凄いなって思う。特にお年寄りとかね。私なんてグラバー園第2ゲートを過ぎてからの、鍋冠山の展望台までの上りで疲れたもんね~。

鍋冠山の夕日。鍋冠山からは長崎湾が見渡せる。ちょうど軍艦島に行くために航行した場所で、遠くに軍艦島もポツリと見えた。

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長崎の夜景は世界新三大夜景の一つなんだそうな。ちなみにあと2つは香港とモナコの夜景。
長崎の一番メジャーな展望台は鍋冠山対岸の稲佐山なんだけどね、せっかく来たのでここで日の沈むのを待ちたかったんだけれど、人のいない展望台、予定通り明るいうちに退散することに。

鍋冠山展望台を後に、グラバー第2ゲートまで戻り、ここから夕刻のグラバー園に入場。夏の時期は21時まで開場しているグラバー園。18時30分過ぎのこの時間帯、ぼちぼち園内がライトアップされ始めた。
しかし平日のこの時間帯、グラバー園内は寂しいぐらいにほとんど人がいない(^^;)。

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徐々に暗くなっていく庭園と西洋館。いくらライトアップされた管理された園内と言っても、人がいない暗い場所を一人で歩くのは結構怖いんですけど。しかも旧リンガー住宅や旧オルト住宅の内部を見学中、観光客はおろか施設の係員さえいなくて私一人の見放題状態。ある意味空間独り占めの贅沢と言えば贅沢なんでしょうが、何だかホラーだわ。
一応来たからには見学するけどね、ちょっと足早に見学。だって無法地帯って感じで、ここで何らかの事件が起きてもわからないじゃん( 一一)、って思ってしまった。せめて旧住宅1戸に一人は係員が必要じゃない?それとも見えないところに実はいたのかな?

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Img_5393第2ゲートから下って観光していくと最後の見学個所になる旧グラバー住宅。残念ながらグラバー園の一番の有名どころである旧グラバー住宅は現在耐震工事中で足場が組まれていて、中は見学できなかった。まあグラバー園には何のこだわりも無かったので、見れなければ見れないでいいけどね。

旧グラバー住宅の横の展望台には行けたので、そこから夜景観賞。鍋冠山の展望台に行ってきた後だったので、展望台といっても低めの展望台って感じだったかな。

Img_5391 しかし夜のグラバー園、蚊がいる。何か所か刺されて痒いんですけど。

旧グラバー住宅の展望台で夜景を鑑賞後は、グラバー園の出口を出て道なりに坂を下っていくと、右手にライトアップされた大浦天主堂が現れた。この教会も有名だけれど大して興味はないので(^^;)、大浦天主堂のライトアップを真正面から見学して終了。元々この時間には中には入れないけれどね。
そしてそのまま道なりにさらに人っ子一人いない坂を下っていく。この下った道がオランダ坂だった。

方向音痴の私。下ったところがちょうど昼間に行った四海楼辺りだったので、ようやく位置関係が判明したっていう感じ。という事で、帰りは手っ取り早く、日中に歩いた道をそのまま徒歩で帰ることに。

ホテルに帰る前に、Img_5398遅めの夕飯を食べにホテルから長崎駅方面徒歩5分程度の距離にある、一口餃子専門店トラの門に立ち寄る。

ここで一口餃子2人前(20個)とビール1杯、そして追加で壱岐の焼酎水割りを1杯。

美味しかった♪ライスも食べたいところだけれど、ライスはメニューに無いのね。

今日は朝の4時半起きで、暑い中汗だくで精力的に観光しまくったので疲れたぁ。とりあえず予定通りに回った一日目なのであった。

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