モーリス
先日の続き・・・というわけではないけれど、ネットでアリー・イブン・エル・フセインを検索していた時に、全く無関係に、ロレンスがらみで新たに発見した事が一つ。
「モーリス」の作者、E.M.フォスターって、T.E.ロレンスの友人だったんだ!!
「モーリス」といえば、私は原作を読むより前に、TVで映画「モーリス」を見たのだけれど、この映画「モーリス」、私の世代的には萩尾望都の漫画の世界を映像化したような印象の映画だった。というのも、前半はケンブリッジの男子寄宿学校が舞台で、しかも同性愛のプラトニック・ラブ系(後半はちょっと違ってくるけれど)。つま~り、この映画は同性愛がテーマの映画なわけ(^_^;)。
で、その後、ブックオフ100円コーナーで原作本を偶然見つけて購入(←かなり活用しているブックオフ)。読んでみると、う~ん・・・・映画の後に原作読むと、たいてい原作の方が断然いい!と思う私・・・・なのに、こと「モーリス」に関しては、映画の方がいいやと思った記憶がある(^_^;)。
で、その作者E.M.フォスター、彼も実は同性愛者だったのね~。しかもケンブリッジ出・・・という事は・・・「モーリス」はかなり自分に近い部分を小説にしたと思われる。その証拠に作者後書きにあるように、登場人物のクライブやリズリーにはモデルがいるらしいのだ。
そこで気になるのがクライブのモデル。
「クライブはケンブリッジの人である。ケンブリッジをかなりよく知っている私は、さして困難なく彼を作りあげた。ちょっとした知り合いの学者からも性格を借用した。冷静、優越的外観、明瞭な頭脳と知性、確固たる道徳規準、金髪白皙と脆弱ならぬ繊細さ、弁護士的態度と地主的風貌、これらはすべてその知人からヒントを得たものである。」という一文。
この知人ってもしかしてT.E.ロレンス??ロレンスの同性愛疑惑は有名だしなぁ・・・なんて邪推しちゃうわけ(^_^;)。
E.M.フォスターとT.E.ロレンス、二人はいつから友人だったんだろう??片やケンブリッジ、片やオックスフォード・・・と言う事は、もっと若い時からの友人??
と、ここにこだわるのも、もしクライブのモデルがロレンスだとしたら・・・かなり私のイメージしているロレンスとは違うのだ。といっても私の頭に残っているクライブは映画のクライブなので、もう一度原作の「モーリス」を読み返してみる事にするか。全然違う人がモデルかもしれないけれど、もしかしてロレンスがモデルかもしれないしね。
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そこで出てきたのがアリー・イブン・エル・フセイン。
これは映画「アラビアのロレンス」に登場するハリト族のアリ。
場所は骨董通りの小原流会館B1。昔から人気の中華、フーミンのまん前にある「ベトナム料理THE MAJESTIC restaurant 表参道」。
本日は田園都市線の鷺沼駅から徒歩3分、とうふ屋うかい 鷺沼店へ。
うかい亭といえば、ミシュラン1つ星にも選ばれ、それなりにとってもお高い・・・
今回食したのは、3990円の季節限定料理。おいしゅ~ございました
本日は梅雨の走りの合間をぬって、ランタン組の4人で山梨県の大菩薩に登山・・・というかトレッキング。数か月前のランタン組同窓会の折、何故か大菩薩行きの話がまとまったのだ。確か私が「大菩薩もいいらしい」と言った一言で決まったような気がする
福ちゃん荘からは徒歩で富士山がきれいに見えるという大菩薩峠(1897m)を経由して、山頂の大菩薩嶺(2056.9m)を目指す。標高差にして400mもない気がするので、この行程は私にも楽勝。今日の天気予報によると甲府あたりは28度ぐらいまで気温が上がるということだったけれど、さすがに標高2000mにもなるとかなり涼しくて山登りにはちょうどいい感じだ。ただ下の方に雲が結構出ていたので、富士山は見えたけれど、裾野を広げた全景を拝めなかったのは残念だったな。富士山とはいまいち相性がよくない私なのであった
くだりは唐松尾根を下る予定を変更し、丸川峠を経由して大菩薩峠登山口バス停がある裂岩まで下る事に。大菩薩嶺からは約3時間の道のりで、展望のない大菩薩嶺を過ぎて以後は、ツツジの花咲く丸川峠近辺を除き、やはり展望のない林の中。しかも結構急な下りで2回もすっ転んでしまった
かな~り久しぶりに、宝塚の花組地方公演を見に相模大野グリーンホールへ。お題目は「哀しみのコルドバ」。

雪の大谷の標高は2,390mで本日の気温は10度。そして雪の大谷の最高積雪は14m。
そして、この山の奥の方のどれかが剣岳だろうか?山って見ても聞いてもどれがどの山かよくわからない
ープウェイに7分乗り黒部平へ。
そして黒部ダム。
大破採帯の延長は80m、脇水量は480万tに及んだそうだけれど、トロリーバスで通り抜けるとほんの一瞬なんだよね。大破採帯を抜ける工事に約7ヶ月の苦闘があったとは知る人ぞ知るって感じなんだろうな。それ考えると、スイスのアイガーくり抜いた登山鉄道の工事とかも、それ相応の苦闘があったんだろうなと想像してしまうけれど、それでもその苦闘を乗り越えて作ってしまうところが人間のすごいところなんだろう。
14時30分頃扇沢駅に到着。その後、安曇野スイス村にちらりと寄り、後はひたすら町田をめざすのみ。途中、甲斐駒ケ岳や八ヶ岳、富士山を眺めつつ、そして事故渋滞にはまりつつ、20時30分、町田に到着。

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